先日、以前在籍していた会社のOB会なパーティーがあって、久々にデジハリに行ってみた。
その様子が、杉山校長のブログの最後に、ちょこっと書かれている。外人2人の写真をクリックすると、自分も写っているOB会の集合写真がポップアップで出てくる。
自分はデジハリの3期生(本科ビジュアルサイエンス専攻)で、その設立母体となった研究所というか会社に就職したのだが、彼なんかは、デジハリでクラスメイトだった。偉くなったなぁ(しみじみ)
しかし、恐らく彼にしても、杉山校長にしても、僕自身については、顔に見覚えがある程度だろう。何故なら当時、秋頃の就職活動の面接で、「VRMLでマルチユーザーでアバターがリアルタイムにインタラクティブに楽しめる仮想空間を作るのに興味があります」と言ったら、「じゃそれを作って持ってこい」と研究所の某所長に言われたからだ。デジハリでは、C言語とPower AnimaterというCGツールを学んだのに、それ以降ひたすら自宅で、VRMLとJavaな日々だった。だから、皆がデジハリに入り浸ってO2で卒業制作していた時間を、ほとんど共有していない。今のデジハリ東京本校が出来た年で、超キレイな教室に引越したのに、その恩恵に預かれなかったのだ。もったいない...
当時、Web3Dなんて言葉はなく、VRML2.0とJava3Dが登場したばかりで、その年の夏のSIGGRAPHでは、Java3Dがケチョンケチョンに言われていた。
Second Lifeなんてまだ無かったが、Diabloにハマり、順調にUltima Onlineにハマった。デジハリと日大理工学部をダブルスクールしていたけれど、大学の研究室のPCでは、これらのオンラインゲームばかりしていた(^^;
そして、その頃の自分は、VRMLとJava3Dはいずれ統合され、マルチユーザーな仮想空間を作る標準言語となるだろうと、無謀にも信じていたのだ。
結果として、独学で就職活動のための作品制作に没頭した。年が明け、研究室の仲間は誰もが就職先が決まっていたが、まだ孤独に作品を作っていた。しかし、何故か不安はなかった気がする。
で、2月か3月かにギリギリ、就職が決まった。その時、完成した作品を見てもらったのが、今度アメリカに移ると書かれている小野さんとの最初の出会いとなった。某所長は、作品を見せた時、「丁度こういうのをやろうと思っていたんだ」と言った。しかしその後、その研究所に就職しても、そんな仕事は発生しなかったのだけど(苦笑)
まあ、色々ありましたが、今は良い思いで...(遠い目)
あの、作品制作への集中力を、今の勉強にも欲しい...(自爆)
蛇足:
ついでなので、もう一つ触れておく。OB会の前日のブログに出てくるIBMの園田さんには、「よなよなペンギン」のレンダリングでお世話になった。というか、お互いに大変だった(^^;;
実験台を兼ねて提供した成果が、少しでもお役に立てていることを祈るばかりだ。
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