インターネットの最近のブログ記事

当たり前の話
先日、以下の記事を読んで、何をアホな話をしているのかと、ある意味驚いた。

http://bizmakoto.jp/makoto/articles/1007/26/news010.html

先祖帰りとか、何言ってんの?

「それならば、作品に関連したおもちゃを買ってもらう代わりに映像はタダですよ、で僕はいいと思っています。」って、それ当たり前の話ではないか。

アートアニメじゃあるまいし、マーチャンダイジングとセットでビジネスを考えるのは、商業アニメとして何も珍しい話じゃない。

今までそれが当然と思っていなかったなら、根本的に、権利をクリエイトするという発想が抜けてる、典型例だろ。


で、ネット社会の弊害?
ジブリのやり方に付いていく?
10人程度の会社で?

言ってることが滅茶苦茶。

ネットの力に屈して作画クオリティを上げて失敗したとか、この人が言うとギャグみたいだが、クオリティを諦めてブランド力を上げるとか、何の夢物語だろう?


ヲタク市場
確かに、ヲタク市場のパイの奪い合いには限界がある。

そもそも、DVD のセル市場は、少数のヘビーユーザー(年間購入金額3万円以上)によって買い支えられてきた。5年前の日本映像ソフト協会の調査では、国民(16~69歳対象)の6%のヘビーユーザーの購入金額が、セル市場全体の77.7%を占めていたが、昨年の調査では、ヘビーユーザーが5.1%に減り、金額はセル市場の57.5%に減少した。5年前のセル市場は、3,124億円で、昨年は2,674億円だ。

敢えて言うなら、DVD、ブルーレイのヲタク市場そのものが縮小してるのだ。

だから、ヲタク市場の外へ、ブランド力を上げて打って出ようという考え自体は正しい。内輪受けビジネスには限界があって当然で、そんなことは何年も前から、言われていたことだけどね。

だけど、その手法がまた、「浮動票みたいなところで争うのではなくて、組織票でがっちり固めてしまうという。」のはどうか?

また囲い込みかいな(苦笑)
逆に、浮動票の広大な市場を相手にすべきなんじゃないの?


■「Cat Shit One」
そんなことを思っていたら、市場拡大を具体的に目指している、とある作品に出会った。インターネットをネガティブに捉えず、本編全て(22分)をYouTubeで無料配信(公開期間:2010年7月17日~9月20日)している、「Cat Shit One」だ。
http://www.catshitone.jp/

そして、そのプロデューサーが、大変良いことを話している動画を見つけた。

こういう手法を選択したプロデューサーが、どんな考え方なのか興味があったのだけれど、 元ビルドアップの岡部氏で、いつの間にか円谷プロを辞職して、新会社を作っていたようだ。時期的に考えれば、円谷がパチンコメーカーのフィールズの子会社になる直前だから、それを嫌っての辞職なのかもしれない。まあ、想像の域をでないが。

以下、面白い発言を抜粋してみる。
-->
オンラインで映像を輸出することがテーマにある。
日本の市場が冷え込んでる。お子様が減ってますから。
だから、やっぱりコンテンツは、海外に対して売っていかなきゃいけない。色んなところで唱えてるけど、ほとんどシカトされてるんですけど。

そういうところでインターネットのインフラを使えば、まずは単純に売れる。
じゃあそのお金どうするのというところがあるはある。
僕から言わせれば、海外と、じゃあパートナーシップどっかと契約して、どっかの放送局とやってどうこうやる形よりは、自分たちで海外に向けて発信して売っていく方が、最終的には利益がデカイだろうと。

あとは、ジャパンなんとかクールとかおっしゃってるけど、あれはでも、なんでしょうねぇ。例えば、アメリカのアニメエキスポとかコンベンションで、そういう人が取材にきて、ほらアメリカではこんなに凄い、日本のコンテンツがウケてるんですよと、そこだけ切り取って全米とか見ちゃうのヤバいでしょうと、僕5年住んでたから分かるんですよ。そんなにはウケてないんで。

自分たちで売っていくってところで、インターネットをフル活用して動いていけば、僕はもう活路が出ると。

なんでハリウッド映画が、凄く巨額のお金をかけるかとすれば、それはマーケットが広いからであって、だからマーケットを広げるってところを、僕らも模索していかない限りは、いくらクリエイティブで凝ったモン作るとか、もっと愛情がどうこうとか、そんなもの、全然お金って裏付けがなければ表現できませんから。

それをじゃあ、僕は実はずっと、そういう座布団を用意してくれるプロデューサーが現れると思っていたんです。作っていたから。
だけど、そんな人一生現れない。僕は40過ぎた時に分かったんです。ああ、もうない。そんな人現れないから、じゃもう自分でやろうと。
<--以上、抜粋終わり


なんつーか、成功して欲しいですな。

通常、短編作品を単館上映しても、赤字。でも、劇場公開で認知度上げて、DVDとか売る。今回は、赤字の劇場公開の部分が、YouTubeに置き換わった。

今のところ、国内のアドレスからのアクセスしか、YouTubeは見られない設定だそうな。

今後、DVDとブルーレイに加え、Amazonでフィギュア売って、そういうマーチャンダイジングを全部、製作元で仕切るそうな。(日本て、製作委員会で権利を細分化するから、ダメなんだよね。)

あと、3D版も作ってるとか。


ということで、公開されてる本編。


感想としては、よくできてると思うけど、原作がベトナムなのに、現代風に中東を舞台にしてしまったのは、どうなんだろう?という気がする。

アメリカを中心とする中東での戦争の不正義が叫ばれてる昨今、砂漠で駱駝を殺しまくるって、世界的にはKYかも(^^;

可愛いウサギがリアルなことをするギャップが、効果的な演出なのは分かる。しかし、普通に見たら、中東に悪意のある作品てことになるだろう。これが、サウスパークみたいな意図が明確な作品ならまだしも、これは多分そうじゃないだろうな。 単に、配慮が足りない感じがする。

(もし、サムライの格好したサルが悪役で、殺されまくるアニメがあったら、日本人としては素直に見られないだろうと思うと、中東の人々に謝りたいくらい下品だ。)

平和な国のミリタリーマニアは、これでOKな感想なのだろうか?

作品としては成功して欲しいけど、中東向けには絶対に配信しないで欲しい。
うちのブログは、中東関係のエントリーも多いので分かると思うが、冗談じゃなくてね。


蛇足
ところで、エンディングに「Contents Cloud Creation Society for Producing "Cool Japan"」というのが出てきて、デジハリやボーンデジタル、HPなんかの企業名が出てくる。(IBMの名前がないのにIBMの園田氏の名前だけ出てくるのは謎。まさか、またHPに出戻りました?)

恐らく、ソフトとハード各社をデジハリで協力させ、クラウドのレンダーファームを試験運用でもしたのだろう。

かつて、ある劇場作品のレンダリングでIBMの世話になったが、あれで苦労した成果が、こういう作品に少しでも生かされてるなら、ちょっと嬉しい。

しかし、ジャパンなんとかクールを疑ってるプロデューサーが、Cool Japanと冠するレンダーファームの世話になっているとしたら、ちょっと皮肉だ。

まあ、Cool Japanは、僕もヤバイと思ってるので、話は合いそうだけど。
クール・ジャパンのマヌケ


フォーサイト3月号が届いた。気になったのは、「危機に瀕する日本の知的発信力」という中東研究で有名な池内恵氏の記事で、相次ぐ外交・国際政治分野の雑誌の休刊が、研究者の発表の場を奪い、研究機関の水準が保てなくなり、国際的な発言力を維持できなくなる、という趣旨の問題提起をしていた。権威の高い雑誌を作り上げ維持していくことの大変さと重要さを訴えていた。

外交フォーラム」は外務省が一定部数を買い上げて採算を取っていたが、「事業仕分け」で予算が打ち切られ、3月号で終刊。

アジア経済研究所の学術誌「現代の中東」も1月号で停刊。

日本国際研究所の学術誌「国際問題」も予算カットで紙版の発行を止め、賛助会員だけのWeb版に。(ただしこれは、印刷製本版配本サービスが始まるようだ。)

そして、「フォーサイト」も4月号で休刊。

これだけ立て続けに、外交・国際政治分野の雑誌が消えれば、そりゃ心配になるのは当たり前だ。

しかし、紙媒体にこだわらずに、紙媒体以上の発表の場として、Web化を模索することは、最早避けられない話だろうと、読みながら思った。


そしたら、何とその3月号に、4月号で休刊が決まっていたフォーサイトが、夏からWeb版でスタートすることが決定したとのお知らせが!

http://www.shinchosha.co.jp/info/emergency/foresight2.html
http://www.shinchosha.co.jp/foresight/201003/monthly.html

超ウレシイですw

散々嘆いた甲斐があったか?
http://maruko.to/2009/12/foresight.html

Web版についてのアンケートが始まったので、早速答えた。
http://www.shinchosha.co.jp/ssl/foresight/enquete/

-->
Q13. ウェブ版「フォーサイト」にどんな機能・サービスを期待しますか?
  PCでWeb上で記事を見る分には、過去記事検索は当然に必須だろう。しかし、単に過去記事を検索できるというより、異なる号同士、異なる筆者の記事でも、関連性のある記事をジャンル・時系列で体系的に表示して欲しい。単なる検索では、Googleでキーワードで検索するのと同じになってしまう。記事の体系的な見せ方こそ、雑誌の編集の視点であり、それは過去記事の見せ方にも必要な視点だと思う。
 号単位の編集ではなく、サイト全体で過去記事も時系列で編集し、その視点を読者に提供するようなイメージだ。フォーサイトで提供される記事を受け身で読むことと、Googleで検索して情報を能動的に探して読むことは、情報に対する接し方が全く異なる。
 例えば「中東」の情報を得たいという場合に、Googleで自分の見識の範囲で思いつくキーワードで検索し、たどり着けるサイトというのは、自分の能力に依存した限られた結果であり、自分の興味の範囲内の情報しか得られない。それに対し、フォーサイトで「中東」のページを見る場合に期待するのは、フォーサイトの視点で提供された情報に受け身で接する機会を得ることであり、自分の検索能力では辿り着けない記事を読めることに、金銭的価値を見出す。
 ただし、一度契約したら、それ以前からのユーザーと全て等しく記事に接することができるのは、継続的に契約する意欲を失わせる。そこで、そういったサイトの利便性は共通に確保するとしても、継続的に契約する者へのインセンティブとして、少なくとも読者契約期間内の記事に関しては、 eBookJapan等の専用ソフト上でも良いので、ダウンロード保存可能にして欲しい。

 また、やはり継続的契約のインセンティブとして、フォーサイトクラブセミナーの在り方を考え直して欲しい。契約中の読者のみ、セミナー会場からの Ustream生中継を見れるようにし、Twitterでハッシュタグを使い、セミナーを同時に遠隔地から見ている読者同士のつぶやきを共有できると面白い。
 読者のつぶやきをフォローしている、読者でないTwitter利用者は、何の中継を見ているのか興味を持つだろうから、フォーサイトの宣伝にもつながるだろう。
 類似のサービスとして、記事もしくはジャンル毎に、ハッシュタグを決め、契約者からしか見えていない記事に関するTwitter上での読者同士のつぶやきを推奨すると面白い。つぶやきに興味を持った人が、元記事を読みたくて読者契約するかもしれない。読者同士としても、他人がどう感じているか知ることも、また、関連した情報を持つ読者のつぶやきから新しい情報に接する機会を得ることも、面白い。

 携帯や電子書籍端末への対応は、特定の端末に限定せず、広くやって欲しいが、端末によって選択的に価格設定をしても良いのではないか。

 なお、有料サイトとして、ある程度の閲覧制限は必要だろうが、完全制限ではなく、個人の外部ブログ等から、記事の一部引用、トラックバックを可能にしてもらえると、ブロガーとしては有り難いです。
-->

という感じで。

期待してます!!

フォーサイトが、20周年の節目となる来年4月号で、休刊が決まった。
http://www.shinchosha.co.jp/foresight/
編集長が語る今月のフォーサイト
http://www.shinchosha.co.jp/foresight/201001/monthly.html

とてもショックだ。


(1)厳しい出版状況に直面する中で、全社的な事業の再編、特に雑誌部門の見直しが避けられなくなったこと
(2)二十年間の健闘はあったものの、今後の収支改善の見通しが立たないこと
(3)インターネットの普及で、国際政治経済情報を扱う月刊誌の役割が大きく変化したこと

この3点が、休刊理由だそうだ。
http://www.shinchosha.co.jp/info/emergency/foresight.html

かつて、「ウェブ進化論」の梅田望夫が「シリコンバレーからの手紙」を連載していた雑誌であることを思い起こしても、ひとつの時代が終わるかのように、感慨深い。進化に追いつけなかったわけだ。

我が家では、母親が創刊号からの読者だった。
その影響で、自分も読者になった。

社会人になってから、他に定期購読していた雑誌といえば、「エイビーロード」しかなかった(オイ!)自分にとって、フォーサイトによってもたらされる情報は、常に貴重だった。

一人暮らしを始めてからは、たまに実家に帰った時に目を通す感じだったが、今年は公式の読者ブロガーとなり、毎月献本してもらって、記事をブログで取り上げてきた。しかし、結局読者増加には貢献できなかったわけだ。


どうやら、現在の読者数は約2万2千人程度だとか、某所で目にした。

値上げしてでも存続してほしかった読者も、少なくないだろう。
存続のために必要であったなら、一冊千円が二千円になったって、自分は買っただろう。
店頭販売のない雑誌を定期購読する読者なのだから、普通の雑誌の読者とは思い入れが違ったのではないだろうか。

印刷と配本にコストがかかるなら、PDFでダウンロード販売でも良かった。同じ編集部で、有料でWeb化してくれれば良かったのに...
(ちなみにエイビーロードも、インターネットの普及によって情報の即時性が求められるようになり、月刊誌の存在意義が問われ、無料でWeb化した。)

冗談みたいだが、今月号に「米既存メディアに吹きすさぶ寒風」という記事があった。この2年で、米メディア界では4万7千人が職を失ったという話だ。ここに書かれている、メディアが経営を悪化させた3つの理由は、恐らくフォーサイトの休刊理由の(1)と(3)にも関係する。自戒の念を込めての掲載だろうか?(苦笑)

1、不況による広告収入の激減
2、収入源になっていた求人広告や不動産情報が無料のネットサイトに奪われた
 (既存メディアよりも、広告効果が分かりやすいため重用される)
3、読者の生活習慣の変化

特に「3」が重要だ。
携帯電話などで短いニュースを「見る」ことに慣れた人々は、新聞で深く「読む」ことをしなくなったというのだ。

記事は、その結果として、地方紙の衰退で記者の減った各地の州都で、既に州政府の腐敗が目立つようになったという。そして、権力の監視という、民主主義の存立に必須の伝統的メディアの役割をどう守るか、様々な事例が紹介されていた。


しかし思うに、日本での「3」の変化は、ちょっと違うのではないか?
例えば、政治的なニュースに興味すら示さなかった層が、短くとも、ネットでニュースに「触れる」ようになったとも見える。mixiなど利用していると、興味がなくともニュースが目に入るようにサイトが作られているから、言葉足らずのニュースを鵜呑みしたり誤解したりして日記を書いている人々を多々見かける。そして、2ちゃんであれ、まとめサイトであれ、興味を持った個別の事案について、日本のネット利用者は、「読む」ことを嫌っていない気がする。少なくとも、twitterで政治家と直接つぶやける現在、一方通行の伝統的情報メディアのみの時代より、民主主義が進歩してる気がする。mixiも2ちゃんもtwitterも利用しない人は、既存メディアに依存したままだろうから、「3」は該当しないかもしれない。

問題は、「チラシの裏の落書き」と、「価値ある情報」の違いを、見分けられない人が少なくないだけだ。世の中には、買うべきニュースソースがあることを知らない層が、増えたかもしれない。そういう意味で、日本にも「3」が該当すると思うし、そういう意味で、フォーサイト休刊理由の(3)も正しいとは思うが、解釈は逆だ。インターネットの普及で、国際政治経済情報を扱う月刊誌の役割が大きく変化したが、だからこそ「重要度が増した」と思っている。

インターネットの普及で、有象無象の情報が氾濫している今こそ、フォーサイトの視点で、月刊誌ペースで深みのある情報を提供するメディアが必要だと感じる。しかしそれが、紙媒体である必要は無い。


ちなみに今月号では、アフガニスタン、イラン、イラク、アメリカ、ロシア、中国、北朝鮮といったいつもの記事もさることながら、以下の記事を集めた『「王室」の研究』という特集が良かった。
-->
・女性が担う欧州王室の未来 三井美奈
・2つの民族間で揺れるベルギー王室の挑戦 大野ゆり子
「王制論議」が示すタイ社会の地殻変動 樋泉克夫
・ハシム家とサウド家「2人のアブドラ」 三井美奈
・両陛下カナダご訪問に見る「皇室外交」の意味 西川恵
-->

加えて、歴史作家が連載する「国際人のための日本古代史」では、『遷都1300年「平城京」で起きた聖武天皇と藤原氏の暗闘』だ。

こうして、現代における各国の王室の状況と、皇室外交のあり方を特集しつつ、はるか昔の政治の道具そのものだった天皇に関する史実も読んだ上で、小沢の問題発言についての記事も読める。

いやはや面白すぎる。こんな雑誌が休刊とは、本当に残念だ。

世の中、即時性を要する情報と、そうでない、短絡的では困る情報があるのであって、インターネット時代であろうと、月刊誌のペースで情報発信する媒体の存在意義は、十分にあると思う。ネットは、読者の情報収集能力に依存した情報を得るには適しているが、自ら日常的な興味の範囲外について、多重的かつ多様な情報を吸収するには、信頼できる編集部の視点に一定程度依存できる雑誌は、大変有り難い。Googleの検索結果とは違う。

また、そういう情報は、毎日大量に得られることは望まない。一ヶ月に一度、フォーサイトが届くのは楽しみだったし、届くと興味の有無に関係なく、一気に読破した。ネットでは、毎日情報が氾濫していて、そこから取捨選択し、無駄な情報を排除するのに必死だが、月刊誌に接する場合、情報への自分の接し方は、180度異なる。

民主主義には、両者が必要なんじゃないか?


ところで、フォーサイトの場合がどうだか知らないが、大半の出版社には、「紙」の流通に関する異常なピンハネ構造があって、出版コスト削減を阻んでいる。もしかすると、ピンハネだけではなく、Web化で「紙」が無用となること自体に抵抗してたり...と想像したくなる。

旧態依然とした二重三重の「卸」が、仕入れや納入の実態なくして、利益だけ取っている場合が多いそうだ。出版社は、印刷会社から紙を購入すれば、効率的で安価にできる。ところが、そうしている出版社はごく少数派。大半は、製紙会社から二次三次卸を経由させた紙を、印刷会社に納入して使う。そして卸は、実は出版社自らが設立していたり、何故か出版社毎に特定の「卸」が独占していたりして、そこには出版社の創業者一族が名を連ねていたりする。営業努力なしに常に黒字の、優良企業だ。

どこの世界にも、かつては存在意義があったのに、今は無用な長物と化してしまった既得権益団体のようなものがあるものだ。そういう仕組みの効率化こそ、先に着手されるべきだ。しかし現実は、淘汰されてはならない情報誌から、インターネットの影響を言い訳に、淘汰されてしまう。インターネットは悪くないのに...


さて問題は、今後だ。
読者数の多い雑誌は、買う価値を感じない。
学生時代、サブカル雑誌と化したガロをレジに持っていった時の心理に似ているw

あ...だから、自分の買う雑誌は、軒並み消えていくのか?(自爆)


フォーサイトと多少近い雑誌に、「選択」がある。上記の紙流通の問題は、実家になぜか届けられた、「選択」の試供本に掲載されていた。興味深い雑誌だ。しかし、フォーサイトと違って、各記事の執筆者が無記名なのが気持ち悪い。


困ったな...

朝日のGLOBEで、JALに関する特集がかなり良くできてる。

実家は朝日を取っていて、ちょっと前に折込版のGLOBEを偶然手にしたのだけれど、そこのJALの特集がよくできていた。そしたら、Webだけの記事もあると書いてあって、紙面からWebに読者を誘導する上手い企画だなと思った。

「第28号 日本航空 再び翔べるか」
http://globe.asahi.com/feature/091123/

紙面の記事と同じものに加え、Webのみのインタビューがいくつもアップされてる。

で、このインタビューの載せ方がまた良い。
色んな立場の専門家に、大体似た質問をぶつけているから、それぞれの答えを比較できる。誰かの意見だけを正論とするのではなく、相互に反対のことを言ってる専門家のインタビューをそのまま掲載している。

これは、限られた紙面ではできない、Webならではのリッチな掲載方法だ。情報を選別せず、素材を列挙し、読者が比較判断できるようになっている。

短絡的になりがちな新聞の欠点を、雑誌的な編集方針をWebで実現することで補っている。(JAL以外の記事は、まだ読んでないけど)

ということで、早速RSSをブックマークしたのだけど...結局これで、Webだけで全部読めちゃう。これじゃ、最終的に新聞の読者拡大にはつながらないように思う。やはり、最終的にはWebを有料化していくための布石だろうか?

まあ正直、これだけの記事なら、金を出しても良いと感じた。


ちなみに、Webだけのインタビュー記事で、自分の意見と完全一致したのはこれ。
『第5回「必要なのは消費者利益に資する航空会社。日本の会社である必要はない」』
(塩谷さやか 桜美林大学ビジネスマネジメント学群准教授)
http://globe.asahi.com/feature/091123/side1/05.html
キレイな人だからじゃありません(自爆)


更に言うと、リンクに関する方針も良い(著作権法的観点を含め)。

現在、「ヨミウリ・オンライン」は、個別記事へのダイレクトリンクを認めていない。
「毎日jp」は、記事の掲載期間が原則1ヶ月しかないから、リンクしても...
「asahi.com」は、リンクは原則自由でも、リンクしたことを連絡しろという無茶振りだった。

しかし、このGLOBEは太っ腹だ。やっと、実情にあったリンクポリシーが示された。

「リンクについて」
http://globe.asahi.com/siteinfo/link.html

これで安心してリンクできるw
「記事見出しから当該記事ページへリンクを設ける場合も同様」ってことで、記事見出しの複製を認めている点は、著作権法的には一応論点だったりする。

あ、そういえば先月、
http://maruko.to/2009/10/hub.html
「読売と朝日で、雁首そろえてこのレベルだ。」と批判してしまったけれど、GLOBEのような報道姿勢もあると知ったので、ちょっと認識を改めます(^^;

先月、「ファイル共有ソフトを悪用した著作権侵害対策協議会」なる団体が、活動を開始した。頭文字から、CCIFと呼ぶ。
http://internet.watch.impress.co.jp/docs/news/20090817_309042.html

Winnyのネットワークを監視し、ダウンロードされているファイルを調べ、それがアップロードされると著作権侵害となる可能性のある人物に対し、ISP経由で警告を始めているそうだ。現在まだ、著作権法は違法なアップロードのみ禁じ、私的使用目的でのダウンロードは違法でないので、違法なアップロードに加担させられる可能性を根拠に、ISP経由の警告にとどめているようだ。

しかし、来年1月1日から施行される改正著作権法では、違法なインターネット配信による音楽・映像を違法と知りながらダウンロードすることが、私的使用目的であっても権利侵害となる。いわゆる、ダウンロード違法化である。よって、来年からは警告などという迂遠な方法をとらずに、ダイレクトに訴えることが可能となる。CCIFのオブザーバには、警察庁がいる。改正著作権法をフル活用するための、準備万端といったところだろうか?

著作権法に追加される30条1項3号には、違法なダウンロード行為そのものに罰則規定がない。しかし、行為が違法となった以上、不法行為に基づく損害賠償請求や、不当利得返還請求が可能となるのであって、権利者団体には大きな価値がある。

ところで、FAQの記述が引っかかる。
http://www.ccif-j.jp/activity.html
-->
Q.私が何のファイルを持っているのかを調べることは、盗聴ではないのか。

A.調査では、Winnyのネットワーク上に流通している「キーファイル」(ファイルの要約情報)を収集し、ユーザーが保持するファイルの名称やIPアドレス、接続時刻などを検索・保存できる技術が利用されています。調査に使用されているツールは、Winnyネットワーク上を、通常に流通している情報を取得するだけで、ユーザー間の個別の通信を傍受するような機能はなく、通信の秘密を侵害しません。
<--

はて?
通信の秘密は、いつから、ユーザー間の個別の通信の傍受に限定されるようになったのだ?

通信の秘密の法的性格に関する通説は、表現の自由の保護とともに、私生活の自由ないしプライバシー保護をもその趣旨とする。だから、保障の範囲は通信の内容だけでなく、通信の存在自体に関する事柄も含む。誰が通信しているか、などもそうだ。

例えば、内容が公になっていても、送信者の身元を明かすことまで想定されていないのなら、そこに保護法益が存在するはずだ。言うまでも無く、憲法制定当時、今のネットワーク社会を想定していたはずもなく、条文を文言のみから現代に当てはめて良いわけがない。

「通信」に関する解釈は、「特定人から特定人にあてた意思の表示」=会話を含むという立場から、「遠隔地に存在する特定の発信者と特定または不特定受信者が、特定のチャネルを利用してなすコミュニケーション行為をいう」という立場まで、学説は様々存在する。以下のP6など。
http://www.jaipa.or.jp/info/2005/iw2005.pdf

そして、通信の秘密における侵害行為態様とは、送信者の意思に反した利用が含まれる。

ネットワーク上の、物理的な位置づけから、論理的にはCCIFが受信者だと言いたいのだろう。しかし法的には、送信者の想定していない受信者は、当事者ではないと言うべきで、その解釈は理系的な技術認識とは、別次元の議論だろう。送信者からすれば、CCIFのような団体に受信されるとは、知らないのだ。

ネットワーク上に流通していれば、誰がどんな通信をしているか把握するために、受信者を装って通信を取得することが構わないというなら、本末転倒である。それこそが、通信の秘密が想定している法益(表現の自由や、プライバシー)を侵すのだから、脱法的ではないか。

こんな解釈で構わないのなら、アマチュア無線など誰でも聞ける無線通信には、「通信の秘密」は存在しないことになってしまう。

「通信の秘密」とは、「秘密の通信」ではない。

憲法は、第三者が、受信者を装って、不特定多数の送信者の通信を一挙に解析できる時代が来ることなど、想定していなかっただけだ。そういう場合は、法の趣旨に立ち返って、時代に合わせて解釈するのが、憲法である。現代における通信の秘密の侵害に該当すると、法律構成は可能なはずだ。

そんな危惧をしていたら、こんなブログを見つけた。
http://takagi-hiromitsu.jp/diary/20090830.html
このブログ主に、粘着的な気持ち悪さを感じる人は、少なくないはずだ。
これで、産業技術総合研究所情報セキュリティ研究センター主任研究員だそうだ。

単純な話、この人と何かやり取りしたら、何の犯罪もしていなくても、コッソリと調べ上げられて、プライバシーを侵害される可能性があるってことだ。幸い自分は、P2Pに興味は無いし、ブログ主にIPアドレスを知られる関係(例えばメールをやり取りするとか)でもない。しかしそれでも、抽象的な恐怖を感じる。

普通、誰かの自宅のIPアドレスを知ったとしても、それ以上に行動を調べたりしない。Winnypだからできたとしても、相手が他人に知られたくないであろう私生活に関わる部分まで、まともな倫理観があれば調べたりしない。

現実世界で考えれば当然だが、誰かのリアルな住所を知っているからと、その家からの出入りに関する情報に、興味など持たない。そんなことを調べるのは、それを仕事にしている興信所や捜査機関などを除けば、ストーカーくらいなものだ。

仮に、当初は統計的な目的で、公道を走る車をカメラを多数設置してカウントしていたとして、そこに車のナンバーが写っていたとする。ある日、意見の合わない相手の車のナンバーを知ったからと、それを統計目的で所持していたデータに照らして、相手の私生活の行動パターンをグラフにして弱点を暴き、ネットで公開なんぞするか?

現実の世界では、そういう作業はとても手間と費用がかかるし、完全な情報収集は困難なので、個人じゃ限界がある。ところがインターネットでは、一定の技術を持つ者であれば、通常では考えられないような膨大なデータを収集し、フィルタリングし、特定個人の行動を監視できてしまったという現実が、ブログで示されたわけだ。CCIFのような団体ではなく、一個人でも、同じことが可能なのだ。

恐らく、ここで非難されている「ダウンロード違法化反対家」なる人物は、このブログを見て自分であることに気付いて、今頃恐怖に陥っているだろう。また、そこまで計算して、このブログが書かれているかもしれない。

もっと言えば、無関係の人物であっても、ダウンロード違法化に反対の意見表明をすると、ここで書かれているように児童ポルノをダウンロードしたいからだろうと思われる可能性が生じてしまった。

たった1人の行動をストーカー的に調査した結果のみから、著作権法に関する正当な議論が矮小化されてしまった。言論の自由に対する脅威だし、当該人物に至っては、脅迫されたようなものではないか?

もし、1人ではなく、実はもっと大量にサンプルがあって、ダウンロード違法化に反対する人々の大半が同様であるという証拠を持っているのだとしたら、こういうブログの書き方もアリかもしれない。しかしその時は、同時に、そのように大量のプライバシーを侵害する行為者の倫理観が、ずば抜けてオカシイことを公言するのと同じになるだろう。

というか、最初から、ダウンロード違法化に反対の、ある程度発言力のある特定人物を個人攻撃する目的がなければ、Winnyノード観測システムの接続ログとIPを突き合わせたりしないだろ。

さも偶然、ダウンロード違法化反対家が児童ポルノをダウンロードしていたことを発見したかの書きっぷりで、公共性のある情報を発信しているかの装いだが、当人の行動自体が常軌を逸している。


そもそもブログ主は、「Winnyネットワーク観測システム」なるもので、何故監視しているのか。当初は、純粋にWinnyがネットワークにもたらす弊害に対する、技術的興味だったようではある。
http://takagi-hiromitsu.jp/diary/20060716.html

しかし、3年も情報を蓄積し続けた結果、「データから利用者ひとりひとりがどんな行動をしているか、直感的に読み取れるよう視覚化」してしまう。
http://takagi-hiromitsu.jp/diary/20090816.html

注釈で、「通信の秘密」について言及している部分はこうだ。
http://takagi-hiromitsu.jp/diary/20090816.html#f01
-->
こうした調査は(プライバシーに関わるものにはなり得ても)通信の秘密に抵触するものではないと認識している。ISPなどの通信インフラ上で調査しているわけではなく、通信の当事者である私のコンピュータで行っているものであり、(ユーザ単位のアクセス制限があるわけではない)ファイル共有ソフトは不特定多数に向けた公開サービスであって、Webのクローラが(無断リンク禁止の隠しページも含めて)全てのページを拾っていくのと同列だからである。
<--

自らは通信の一方当事者であり、当該通信も秘密でない、と言いたいのだろう。
自らの正当化理由も、この日付も、そして攻撃対象までが、CCIFと足並みがそろいすぎているのは、偶然の一致なのか?


ついでに、比較に出している事例から推測してみる。ブログ主は、無断リンク禁止の隠しページは、クローラに拾われても良いと考えているようだ。鍵がかかっていない家は、出入り自由とでも言いたいのだろうか?
鍵のかけ方に詳しそうな、このブログ主には、常識なのかもしれない。しかし、隠したいけれど隠れてないというケースは、単にコンピュータやネットワークに関する知識の存否によって生じ得る。知識の無い人間の秘密は、法的保護に値しないのだろうか。アメリカでこんな事件があったのを思い出した(苦笑)
http://wiredvision.jp/news/200806/2008061621.html

こういった例の示し方から、技術的に保護された通信のみが、通信の秘密の対象だと思っているのではないかと、勘ぐってしまう。


まあ、とにもかくにも問題は、自らと対立する言論を攻撃する道具に、使っている点だろう。CCIFの言い分が正しいと、特定個人の行動を調べ上げるような、この様な監視行為も、誰もが許されることになる。IPアドレスは、「偶然知った」と言えば、許されるようだ(苦笑)

できることと、やってはいけないことという線引きは、既に失われている。

問題は、著作権保護の要請の範囲を、遥かに超えていると言えよう。


ところで、もしも同じ行為を、捜査機関が行うとしたらどうだろう?
つまり、何の嫌疑も無い状態から、個人のIPアドレスを手掛かりに、その人物の通信に関わるプライバシーをどこまで侵害できるかだ。

CCIFや、上記ブログ主が言うように、これが通信の秘密の侵害に該当しないとなると、捜査機関が同じ手段を用いることも障害がなくなり、何も嫌疑のない国民であっても、Winnyなど利用していれば日常的に監視が可能となってしまう。令状無しにだ。そんな未来が、来年1月1日から始まるのか?
あ、もうとっくに監視されてるのかな(^^;;;


かつてレッシグが「CODE」で案じた、規制を必要とするインターネットの未来そのものに出会った、と感じた。あの本の後半には、確かこんな趣旨のことが書かれていた。
-->
インターネットは、放っておけば、どんどん規制しやすくなる。それは、過去の仕組みの不完全さがもたらした欠陥の穴を塞ぐのだが、その不完全さとは、実は憲法が保証する欠陥、自由でもある。
だから、ネットの匿名性に価値があるなら、不完全な認証を組み込むべきだし、情報のフィルタリングも不完全となるように、政府の規制によって実現しなければならない。

技術が進めば、不完全なシステムは、どんどん完全に近づく。
不完全(=自由)の価値を守るのが、憲法や法律であって、政府の役目だ。
政府の規制を弱めたからと、自由が実現されるというのは妄想だ。
自由を守るには、適切な政府の規制が要る。

不完全なシステムこそ、多様な価値観を生む。不快な現実が、規制によって全く目にすることがない世界では、何が不快か知ることもないし、現実から目を背けるだけだ。人は、好きなものだけを見ていては、成長しないのだ。

民主主義の根本は、知る権利と、表現の自由だ。フィルタリングは、これを奪う。
<--

政府ではなく、コードを書く個人によって、インターネットの自由が失われるなんて、昔はなかなか想像できなかったんだけどなぁ...

改訂版のVERSION 2.0は、まだ読んでないが、今こそ買うべきかもしれない。

-->追記
偶然、先日の衆議院選挙で落選してしまった元議員のブログの、2006年時点の興味深い記述を見つけた。
http://blog.goo.ne.jp/hosakanobuto/e/fcacf197b9bd5659faaf21124aa6ef9e
この人の心配した通りの社会になってますね。結局、著作物の権利者団体という、ごく一部の人々の経済的利益を保護するために、多くの国民のプライバシーが危険にさらされることが正当化されるという、不思議な国ですね。この時点ではまだ、「容疑が浮上した段階でプロバイダーに「サーバーの保全要請」をかける」とか書かれてますが、最早そんな必要もなく、日常的に監視できるようになってしまうなんて、この人も驚きでしょう。残念な人が落選したものです。
<--

-->追記2
間違ってた綴りを修正(苦笑)
ちなみに私は、上にも書いてますが、P2Pとか全然興味無いので、もちろんWinnyとか使ったことありません。なので、Winnyで実際に権利侵害してる人を、擁護する気は全く無いです。プロフにも書いてますが、10年以上、著作物の制作現場で働いていた側です。DVDを年に100枚買ったりするくらい、著作物に金を払うことが大好きです(自爆)
しかし、それとこれは、全然別の話。
<--

http://jp.techcrunch.com/archives/20090720youtube-experimenting-with-3d-web-videos/
http://japanese.engadget.com/2009/07/22/youtube-3d/

ちょっと話題になってる。

HD立体もOK
http://www.youtube.com/watch?v=UTOwV5IJq48&fmt=22
ここに動画を埋め込むと分からないので、リンク先の動画の下を見て欲しい。
3Dの表示方式を選べるようになった。

Googleの「20%の自由時間」を利用して開発したというのが、面白い。

今後は、3Dシアター向けのCG作品をYouTubeでプロモーションするのは、ありかもしれない時代だ。

なお、一般人に3Dの需要があるかといえば、実はYouTubeに限らず、こんなWebCamも存在する。

http://wiredvision.jp/blog/takamori/200907/200907281520.html

ちょっと高いかな...

日本なら、こんなウォーリーみたいなカメラじゃなくて、せっかく目が2つあるのだから、「萌えキャラ」や「ゆるキャラ」の大きめなフィギュアにでもして、PCの上にキャラが座っているように見える製品でも作った方が、売れる気がするw

http://www.itmedia.co.jp/enterprise/articles/0905/31/news004.html
http://event.rakuten.co.jp/medicine/net_signature/

これの悪影響の一つが、早くも明らかに...

http://www.its-kenpo.or.jp/news/2009/news17.html

まあ、僕はもう、会社人でないので、健康保険組合からの薬はもらえないけど、今まではいつも便利だったよ。社員の皆さん、今年薬がもらえないのは、世論を無視した厚生労働省のせいです。

悪いのは、改正薬事法ではないですよ。
改正薬事法第36条の6は、第2類医薬品に関して
「適正な使用のために必要な情報を提供させなければならない」
とあるだけ。

これを勝手に厚生労働省が解釈すると、対面販売が必要になって、ネット販売が禁止される。で、健康保険組合が、会員に薬を配ることも、できなくなる...

こうして、社会に浸透していた有益なサービスを潰して、ウハウハになってる奴ってさ、本当にクソだよ。

http://d.hatena.ne.jp/kawango/20090616/1245130321

ネットでは、単なるレッテルと同等くらいに、誤解されてる言葉かもしれない。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9D%E3%82%B8%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%BC%E3%82%AF

自分の理解できないことを言ってる人に対して、すぐに、「あいつは○○だから」という、理由になってない理由で、相手を否定したつもりで楽に思考停止したい人が使う。

自分と異なる見解に対して、「工作員乙」とか言って、反論を考えないことで安心できてしまう。ある種幸せな、スイーツ脳と親和的とでも言おうか。

どういう人が、どういう知識や経験を背景に、どのようなメディアのどのような読者に対して、どのような目的で発言しているか。ネットでは、TPOを使い分けるという、現実では当たり前の行動様式が、理解できない人が多い。ハイパーリンクで飛んだ先と、リンク元に、10年の時の隔たりがあろうと、地球の裏側であろうと、チラシの裏だろうと学術的論文だろうと、見分けがつかない人がいる。

そういう人は、何が真実で、何が誘導なのか、論理的に考えてみることができない。

ただ、発言者の属性を、判断の一要素とすることは、意味がある。あの人は、○○だから、発言にバイアスがかかっているかもしれない、という観点は必要だ。しかし、そうして疑ってかかることと、実際の発言内容の真実性の認定や、目的の正当性の判断は、レイヤーが異なる。

刑法の事実認定なら、証拠は無いけど、悪性格だから有罪、みたいなトンデモ判決だ。要証事実に対して、情況証拠にすらならない補助事実を持ち出して、立証したつもりになっては、いけないのだ。

自戒を込めて。


http://journal.mycom.co.jp/news/2009/05/25/067/index.html
http://journal.mycom.co.jp/news/2009/05/11/061/index.html
この問題、ずっと楽天が代表して奮闘していたので、訴えるのも楽天かと思ってた。

そしたら、ケンコーコムとウェルネットか。
よく考えたら、原告適格として適切な判断ですな。
http://www.kenko.com/company/pr/archives/2009/05/post_62.html
元々は彼らの戦いだからね。
http://japan.cnet.com/news/media/story/0,2000056023,20094800,00.htm
http://event.media.yahoo.co.jp/nikkeibp/20090520-00000000-nkbp-bus_all.html
楽天自体は嫌いだけど、この問題提起は正しいと思って、かなり以前に署名はしていた。
http://event.rakuten.co.jp/medicine/net_signature/
http://japan.cnet.com/sp/drag/story/0,3800097284,20392676,00.htm

今回、今までの第1類医薬品に加え、第2類医薬品のネット販売を禁止する、時代錯誤もはなはだしい医薬品販売規制は、厚生労働省令だ。改正薬事法は、ネット販売を規制するとは書かれてない。

改正薬事法第36条の6は、最後に記しておくけれど、第2類医薬品に関しての2項の解釈が問題。
「適正な使用のために必要な情報を提供させなければならない」
とあるだけなのだ。

これを勝手に厚生労働省が解釈すると、ネット販売が禁止される(失笑)

法律で、「厚生労働省令で定める」と書いてあるところは、彼らの裁量ってことになるけれど、裁量権の逸脱・濫用ってやつだ。

立法府は、もっと怒って良いよ。
立法しても、文言解釈でいくらでも役所が利権のために自由に省令で捻じ曲げられるなんて、国会は馬鹿にされてるという証拠。

厚生労働省って、気持ち悪いほど、おかしい。
http://internet.watch.impress.co.jp/cda/special/2009/04/07/23049.html
ここまで本当に、心底腐ってると、ある意味スゴイ。
http://hfm78837.at.webry.info/200710/article_5.html
役人の天下り先確保のために、国民全体の利益が省令で大々的に奪われるなんて、この国は面白いにも程がある(苦笑)

そういうことは、もっと隠れて、コソコソやれよw

そんなことを平気でやっちゃうからこそ、厚生労働省は解体すべし、なんて話が出てくるわけだけど、解体されそうだからこそ、今のうちに非業の限りを尽くそうってことで、再就職先を確保するのに躍起なのかと思うと、かなり泣ける...orz

ちなみに、当然MiAUも動いてた。
http://miau.jp/1242288000.phtml

で、法律をお勉強の皆さんからすれば、直ぐに思いつくのが、かつての薬局距離制限の違憲判決だ。

これは、現代版、薬事法薬局距離制限規定違憲事件なのだ。しかも劣化版。

訴訟の結果が出るまで、何年かかるか分からないけれど、覚えなければならない判例が、また一つ増えること間違いなしだ(涙)

仮に、法律の解釈としての厚生労働省(というか大臣)の裁量が逸脱していない場合は、法律が憲法違反だろう。憲法22条1項の職業選択の自由を侵害する、消極目的規制に対する違憲審査は、規制の必要性・合理性の審査と、「よりゆるやかな規制手段で同じ目的が達成できるかどうか」だ。

どう考えても、
「適正な使用のために必要な情報を提供させなければならない」
ために、ネット販売を禁止するより他に、よりゆるやかな規制手段があるだろ(大失笑)

別に、薬局の無い離島や、薬局に頻繁に行けない身障者の便益を例に出して、省令を非難するまでもない。どうやったら、この規制を合憲にできるかいな!

まだ、積極目的規制なら合憲の可能性あるけど、消極目的規制だからな。
最高裁が、仮に目的二分論を採っていないとしても、今回は明確に消極目的規制だ。

厚生労働省の役人が、この昭和50年の最高裁判例を知らないはずがなく、裁判になれば負ける可能性が高いことくらい、知っているのではないか?

それでも、判決まで時間がかかるから、私利私欲はつくせるってことか?

くだらねー

あ、色々意見でてる。
http://japan.cnet.com/panel/story/0,3800077799,20392987,00.htm

----
第三十六条の六
①薬局開設者又は店舗販売業者は、その薬局又は店舗において第一類医薬品を販売し、又は授与する場合には、厚生労働省令で定めるところにより、医薬品の販売又は授与に従事する薬剤師をして、厚生労働省令で定める事項を記載した書面を用いて、その適正な使用のために必要な情報を提供させなければならない。
②薬局開設者又は店舗販売業者は、その薬局又は店舗において第二類医薬品を販売し、又は授与する場合には、厚生労働省令で定めるところにより、医薬品の販売又は授与に従事する薬剤師又は登録販売者をして、その適正な使用のために必要な情報を提供させるよう努めなければならない。
③薬局開設者又は店舗販売業者は、その薬局若しくは店舗において一般用医薬品を購入し、若しくは譲り受けようとする者又はその薬局若しくは店舗において一般用医薬品を購入し、若しくは譲り受けた者若しくはこれらの者によつて購入され、若しくは譲り受けられた一般用医薬品を使用する者から相談があつた場合には、厚生労働省令で定めるところにより、医薬品の販売又は授与に従事する薬剤師又は登録販売者をして、その適正な使用のために必要な情報を提供させなければならない。
④第一項の規定は、医薬品を購入し、又は譲り受ける者から説明を要しない旨の意思の表明があつた場合には、適用しない。
⑤配置販売業者については、前各項の規定を準用する。この場合において、第一項及び第二項中「薬局又は店舗」とあるのは「業務に係る都道府県の区域」と、「販売し、又は授与する場合」とあるのは「配置する場合」と、第一項から第三項までの規定中「医薬品の販売又は授与」とあるのは「医薬品の配置販売」と、同項中「その薬局若しくは店舗において一般用医薬品を購入し、若しくは譲り受けようとする者又はその薬局若しくは店舗において一般用医薬品を購入し、若しくは譲り受けた者若しくはこれらの者によつて購入され、若しくは譲り受けられた一般用医薬品を使用する者」とあるのは「配置販売によつて一般用医薬品を購入し、若しくは譲り受けようとする者又は配置した一般用医薬品を使用する者」と読み替えるものとする。

中国のヲタ

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http://blog.goo.ne.jp/dongyingwenren/e/9571d1a26dae756e767342a117b410fd

ここを見てたら、コメント欄にチルノの話が出ていたので、並べてみた。

これが元で

踊った人がいて


日本各地で集団で踊ってる動画がアップされたところまでは、多分いつものことだった。

ところが、それが中国に波及し、以下の状態。

これは別?

胡錦濤の親日路線はよく理解しているけれど、もちろんこういうのは自然発生なわけで、中国の変化というものを実感する。

色々と舵取りの難しい、問題は山積の国だが、江沢民の反日路線時代じゃ絶対に無理なことが、今はできる国になってきたというのは、間違いなく良いことだと思う。この路線が、次の指導者に引き継がれるかが、心配なのだが...

http://japan.cnet.com/panel/story/0,3800077799,20392467,00.htm
この話題は、個々人それぞれの立場から言い分があるとは思う。
どの観点から評価するかで、結論が左右される問題だろう。
そして、誰かが正しいのではなく、誰の言い分も一定程度正しいという厄介な問題だ。

http://www.nttdata.co.jp/whatsnew/20090424.html
http://www.nttdata.co.jp/whatsnew/20090424-01.html
http://www.nttdata.co.jp/whatsnew/20090424-02.html

まず、元システム管理者側の視点から、復旧した担当者に、「ご苦労様」とねぎらいたい。

-->
(1)データベースサーバーのRAID5構成のハードディスク2本が同時に破損
1本の破損であれば残りの5本から情報を再構成できますが、破損が2本に及んだためデータを読み取ることが出来なくなりました。
(2)更にバックアップ用のサーバでも障害が発生
これによりバックアップのデータにも異常が生じたため、皆様の記事情報を復旧することが困難な状態となりました。
<--

RAID5構成で、ドライブが2台飛ぶ悪夢は、自分も数回経験したことがある。
ドライブが2台同時に故障する場合とは、単に運が悪いというより、RAIDコントローラーやマザーボードなど、ドライブ以外に原因がある可能性が高いのだけど、これは経験の豊富な管理者でなければ想像できない。また、故障と断定できない単なる可能性の段階で、ドライブ以外の高額なハードウェアの交換を決断する勇気も必要で、常識的にはドライブ同時故障は単に運が悪かったと考えるのが一般的だろう。

データベースサーバは、1日1回バックアップが他のサーバに取られていたとの説明であり、基本的にRAID5を信用しない運用も、常識的だ。しかし...

-->
2009年2月13日(金)
* 復旧作業中に更なるハードウェア故障が発生
<--

担当者の頭が真っ白になったのではないだろうか。
バックアップからリストア中に、何かが起こったわけだ。

早期復旧を急かされる中、リストアという時間のかかる作業をトライし、結局無駄であったと理解するには、さぞかし葛藤があったことだろう。

-->
2009年2月20日(金)
* 2003年11月4日のサービス開始から2008年8月4日未明までの情報の復旧が完了
* 上記期間における記事を閲覧できる状態に復旧
<--

バックアップの更なるバックアップがあったということだ。NTTデータとしては、三重のバックアップは、常識的な管理体制かもしれないが、世の中そこまでできないシステムは多数存在する。テープメディアのバックアップだろう。

よく頑張ったと言えるのではないか。その後も、様々な部分的復旧が進むが、

-->
2009年4月10日(金)
* 故障したハードディスクの復旧に成功
<--

これは驚いた。

ドライブの復旧は、容量にもよるし、RAIDがかかっているとその複雑さにもよって、非常に高額なデータ復旧費用がかかる。貴重なデータの価値を量りにかけられ、復旧業者に数百万円~天井知らずの代金を請求されることが多い。

つまり、会社としては、データを復旧させることに道義的責任を大きく感じ、かなりの高額なコストを負担したことになる。サーバそのものの交換も含め、下手したら数千万円はかかっているかもしれない。

もちろん、当初からドライブ以外の機材故障を念頭に、予備機を待機させておけば、もっと早期にスマートな解決はできたはずだが、収益性の無い無料のサービスに対して、バックアップ的なリソースにコストをかけられる会社というのは、あまり無いだろう。三重のバックアップは、常識的に十分だ。もし、一切止められないサービスなら、ストレージをisilonなどにすべきだろうか。しかし、どこまでコストをかけられるかは、システム管理者の責任の範疇ではない。限られたリソースの中で、できる限りのことは、頑張ったのだろう。と思いたい。


次に、会社としてサービス終了を決断した、経営者的な観点からはどうだろうか。

サービスを提供してしまった以上、安易に止められない道義的な責任はある。規約等で法的には免責されていようと、株式会社NTTデータとしての社会的責任を放棄できるものではない。ブログの累計のユーザー数は約10万人だが、アクティブなのは2000~3000人だったそうだ。さて、どうすべきか...

そもそも、収益性の無いサービスを何故始めたのだろうか。
社内稟議の段階で、トラブル時にこれほどコストがかかることは、想定されていただろうか。
このサービスは、今後も収益性がなくとも継続する価値はあるのだろうか。
株主への説明責任を果たせる根拠があるのだろうか...

恐らく、この不況時に、収益性の望めないサービス提供を終了するという判断は、合理的で正しいだろう。しかし、会社としての評価を下げるような撤退方法だけは、避けねばならない...さてさて。


さて、ユーザーの観点からはどうか?

アクティブに毎日利用していたら、きっと発狂ものだろう。
フザケルナ!
オレの貴重なブログを返せ!
どんだけ時間をかけて築いたブログか分かってるのか?

え?過去のブログは、99%以上復旧したの?
じゃ自分でバックアップできるんだ!

サービス終了?
まあ、引っ越すか。
無料だから、仕方ない部分はあるよね...


と、最終的にバックアップで引越しできれば、最低限の道義的責任の範囲と、大多数のユーザーは諦めがつくのではないだろうか?

あとは、納得のいく説明がなされれば...


これは、mixiの利用規約の改悪問題の時と、少し似ているかもしれない。
突然のルール改悪と、サービス終了とは、程度の差でしかない。
完全に無料のサービスを終了するNTTデータの行為と、一部有料のユーザーに対しても突然ルール改悪をやってしまうmixiの行為とを比べれば、後者の方がはるかに悪意に満ちている。NTTデータは、データ復旧の過程も公表したし、最低限のオトナの対応はできているので、mixiよりよほどマシだ。

それでも非難されているのは、以下の部分らしい。
-->
 復旧作業の終了を受け、今後のDoblogについて検討した結果、Doblog開設時の目的である、ブログシステムを構築するための技術的知見、およびコミュニティサービスを運用・運営するためのノウハウの蓄積については十分に達成できたものと考え、サービスを終了するという判断をいたしました。
<--

自己中と思われたか?
しかし、これはとても正直だと思う。
恐らく、収益性の無いサービスを外部に提供するために、会社組織の中で予算を得るのに許される理由は、上記のような技術的知見、ノウハウ蓄積くらいしか無い。なので、事実として、そのような理由で企画提案者は稟議書を書き、決済責任者の許諾を得たのだろう。だから、トラブルによって高額なコストが予定外に生じた現在、あらためてこの事業の存在意義を再確認した結果、当初の目的を果たしたと考えたとしても、何も不思議はない。5年も運用すれば、そりゃ分かるだろう。

隠しているかもしれない理由は、今回のトラブルで生じたコストが、予想外に高額で、「そんなに費用がかかるなら、この不採算事業は打ち切る」というものだろう。

個人的には、後者の方が事業継続の判断では重視されたとしても、おかしくないとは思う。しかし、そんなことを表立って公表できるかといえば、NOだろう。そんなことは、常識ある社会人なら想像できるのであって、公表しない=嘘、と非難するのは、安易だろう。不採算だから、利用者の信頼を裏切ってよいことにはならないが、目的を達したのなら、データ復旧して猶予期間を設けてバックアップ手順を準備したなら、十分に無料サービスの道義的責任を果たしていると評価すべきではないだろうか。少なくとも、この点に明らかな嘘は無いのだ。

僕は、NTTデータという会社は特に好きでもないし、高コスト体質の会社だと思っているので、否定的な評価をしているけれど、今回の対応はまともだと感じた。この手のサービスを終了する際に、バックアップ手順をユーザーに提供し、猶予期間を設けたというのは、良い手本となるだろう。代替手段があるなら、十分ではないか。

逆に言うと、これで不満足なユーザーとは、無料サービスにどこまで求めていたのか聞いてみたい。mixiのように、ある日突然サービス提供者に有利な権利を規約に盛んだなら論外かもしれないが、未来永劫死ぬまで無料でブログが使えると思っていたとは思えない。責任者が出てきて、土下座でもしたら、納得するのだろうか?

ブログのような、ユーザーの情報資産を預かるサービス提供者は、無償サービスといえどもサービス継続すべき道義的責任が高いとは思うが、サービス終了自体が非難される前例にはならないで欲しい。

ネット上のサービスは、提供開始時は比較的低コストで始められるので、様々な試行錯誤が可能であり、新サービスが生まれやすい。それこそが、インターネットの特徴でもある。それが、一度始めると終了させることは難しいらしい、となったら、サービス開始時に終了の困難さを含めた経営判断が必要となり、つまりは開始が困難となる。無償のサービスに、高度の責任を求めるユーザーの存在は、将来恩恵に預かったかもしれない新サービスの目を摘んでしまう可能性がある。

もちろん、だからと言って、企業が無責任にサービスをいつ止めても良いわけではない。要は、程度の問題であり、今回のNTTデータの対応は、社会常識の範疇のオトナの対応だったと、僕は感じている。なので、これに不満を持つ人も当然存在するだろうが、全員が満足する方法など無い。


さて、ここのブログですが...
このブログを始める時、当然、どこのブログサービスを使うか、自分自身悩んだ。その時、当たり前というか、無償のサービスはいつ終わっても文句言えないとなと思ったので、無償のブログサービスは選択肢から除外した。mixiの利用規約改悪時の悪夢がよぎったというのもある。自分の著作物は、自分で守るべきだし、守れるのが今の社会だと。だから、自己所有のドメインで、以下の有料のホスティングサービスの上で、ブログを開設した。権利関係も、責任関係も明確だ。



この程度の出費で、自らの責任で情報発信できるのであれば、他人の無料サービスに頼る必要など無かろう。

もちろん、このホスティング業者が廃業する時も、いずれ来るだろう。
しかし、自らのデータを、自らの責任でバックアップし、管理できているなら、その時また新たな選択を自らすれば良いのだ。

その意味では、無償のホスティングでも良いのかもしれないが、そこは様々な自由度との兼ね合いだ。

自由だと、逆に何をどう設定したら良いのか技術的に分からず、困るという人も居るかもしれない。しかし、自分で出来ないことを他人に頼るなら、結果の不自由も一定程度仕方ない。

自由と権利を得るには、何事もコストがかかるってことを、忘れてはいけない。


WIRED VISION主催のトークセッション
『グーグルの権利覇権と情報流通革命』
骨董通り法律事務所の福井先生ということで、面白そう。

骨董通り法律事務所には、法科大学院のエクスターンシップで大変お世話になったばかり。丁度その時、事務所のメルマガでGoogleの問題を取り上げた直後で、ひっきりなしに問い合わせの電話が殺到していたのが印象的だった。

http://www.kottolaw.com/column_090210.html

http://www.kottolaw.com/column_090323_2.html

コンテンツに偏りがちのエンタメロイヤーとは異なり、クリエイターの創作活動に対する理解の深い先生です。

http://lawandpractice.jp/contents/special/lpro/kotto/legal_p10_1.html

もし、参加を迷ってる人が、参加費で悩んでるなら、きっと損しないので行った方が良い。

http://ameblo.jp/takapon-jp/entry-10222415770.html

んんーー
これ、地裁の時から引き合いに出されてるメールですな。
なんか、かなり微妙なものを公開(注)していると思うのだけど...
訴訟記録に含まれるかね?
含まれるとしても、公表を予定されていなかった著作物だろうか?
いや、社員の相当数に送られている?

ちょっと真面目に考えてみよう。

~裁判の公開主義と、訴訟記録の閲覧自由、訴訟手続等における著作物の複製物の目的外使用について~


 第一に、憲法82条によって要請される、裁判の公開主義は、当事者以外の一般第三者が審理を傍聴できることを保障する。しかし、この原則は、訴訟記録についてはそのまま適用されるものではない。民訴法は、公開原則の趣旨を尊重し、一般第三者の閲覧権(91条1項)を認めているに過ぎない。
 第二に、著作権法は、裁判手続等における必要と認められる限度において、著作物の複製を認めている(42条1項)。著作者に無断で複製しても、複製権(21条)侵害にならない。しかし、その目的外で、著作者に無断で当該「複製物を頒布し、または当該複製物によって当該著作物を公衆に提示した者」は、複製権侵害に該当する(49条1項)。
 よって、訴訟記録に著作物が含まれる場合、著作者でなくとも、民訴法上はその閲覧権が認められるが、著作権法上は、著作者に無断で当該著作物を公衆に提示することは許されない。また、当該著作物が、訴訟前に未公表の著作物であった場合、著作者人格権として著作者に認められた公表権(著作権法18条1項)は、憲法の定める公開原則を尊重する民訴法の閲覧権に劣後し、失われると考えるべきである。例外的に、閲覧が制限されるのは、民訴法92条1項各号に該当する、秘密保護目的の場合であり、この判断に著作物性は影響しないであろう。
 つまり、訴訟記録に含まれた著作物は、全て公表された著作物とみなされた上で、訴訟手続等の目的外での著作権侵害を検討することになる。


 本件においてタカポン(ホリエモン)は、著作者に無断で、その著作物たるメールを複製し、インターネット上に公開しているものと思わる。当該行為は、電気通信回線に接続している自動公衆送信装置たるサーバに、当該複製物を自動公衆送信し得る状態に置いたことになる。
 これらの行為は、著作権法上の複製権、送信可能化権(2条9項の5)、自動公衆送信権(2条9項の4)の侵害に該当する。


 その他、名誉毀損やプライバシー権侵害に該当する場合、著作権侵害と別に、不法行為(民法709条)にを構成するであろう。

以上

どうだろ。まあ、こういう事例だと微妙な気がするけど、例えば有名な書籍が訴訟記録に含まれた場合に、それが著作権を無視してインターネット上で全文公開される場合とか考えれば、ありえないと思うわけだ。

と、ここまで書いて気づいたけど、これは引用か?
そう考えると、引用であることも、主従関係も明確だ。
でも、全文だし、公表の問題の処理は必要だよな...


参考
http://civilpro.law.kansai-u.ac.jp/kurita/copyright/commentary/Act42.html





注)2009/3/15追記:
最初にリンクした、takaponさんのブログから、問題のメール全文の印刷物からのスキャン画像が、削除されていることを確認しました。このブログが関係したかどうかは、全く知りません。ちなみに個人的には、裁判は頑張って欲しいと、応援してます。
http://www.kottolaw.com/column_090210.html
ここで知ったのだけど、

http://books.google.com/intl/ja/googlebooks/agreement/
こんなことになっている。
http://books.google.com/booksrightsholders/
ははは...

http://it.nikkei.co.jp/business/netjihyo/index.aspx?n=MMITs2000028112008
http://it.nikkei.co.jp/business/netjihyo/index.aspx?n=MMITs2000008122008
他人事ではないのだけど、イマイチ話題になってないような...

まあ、とりあえず、使ってみて考えよう。反対するかどうかはそれからだ。
http://books.google.com/

あ、スニペット(抜粋)表示って、横書きの英文向きだから、縦書きの書籍だとかなり無意味だなw

ヨーロッパ法史

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ヨーロッパ法史の集中講義で、日曜に歴史法学派について発表せにゃならんので、ちょっと自分用にローマ法継受の歴史を把握するのにをタイムラインにしてみた。かなりアバウトだし、情報の選択条件もいい加減だ。でも、流れは把握できたかな。
授業終わったら、誰でも自由に書換えできるように公開しよう。
しかし、タイムラインのサービスって、紀元前が登録できないのが欠点だな...十二表法はあそこにしか置けなかったよ。もうちょっと使い勝手もよければ、いいサービスなのになぁ。


Cam with me

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何気にスゴイ気がする。



是非、息子バージョンも作って欲しい。
Las Vegas

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