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謹賀新年

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明けましておめでとうございます。
今年は年賀状作りが遅れ、今朝やっと投函しました。

ということで、年始のエントリーも遅れてしまったわけですが、そもそも、前回の箱根のエントリーから半年以上も更新しないとは思ってもみませんでした。ブログ以外も含め、情報発信全般が滞ってました。

昨年前半は、LCCとマイレージを活用し、シンガポール、マレーシア、マカオ、香港、韓国と格安旅行をしました。(アジアの新興カジノを周り、やはりラスベガスが一番楽しいと再確認。) また、先祖の墓参りで初熊本入りし(何故"初"かは、話すと長くなるので割愛)、天草から長崎へ渡り、福岡と周りました。しかし、そういうことをここに書くこともできずにいるうちに、後半は社会復帰してしまい、気がついたら年の瀬でした。

その間箱根は、噴火警戒レベルが3まで上がった後、今はレベル1に戻った(元々レベル1)わけです。が、箱根ロープウェイなど一部運休区間があったりと、まだ元通りというわけではありません。TVのバラエティや旅番組で箱根が取り上げられる機会が多いのは良いですが、大涌谷についてもう少し触れてくれたらと思う今日この頃。自分自身、6月に仙石原湿原のヨシ刈り(文化財ボランティア)に参加して以降、めっきり箱根に行く頻度が減ってしまい、非常に気になってます。

色々と想定外に厄介な職場の影響もあってか、先月は通勤途中で激しい腹痛に襲われ、東京駅から救急搬送で病院送りとなりました。時々、駅から救急車に運ばれる人を見たことはありましたが、まさか自分がそうなるとは思ってもみませんでした。幸い、尿路結石と胃腸炎のダブルパンチな程度で済みましたが、今年は体を壊さないようにしたいものです。
その為にも、箱根で温泉にでもゆっくり入りたいなぁ...

■「火山の状況に関する解説情報」発表
http://www.data.jma.go.jp/svd/vois/data/tokyo/STOCK/volinfo/VK20150503180037_315.html
ということで、5月3日18時に「火山の状況に関する解説情報」が発表された。
(噴火警戒レベル1は平成21年3月の導入以降継続中。)

箱根では、昨年7月、箱根火山防災協議会というのが発足した。
http://www.kanaloco.jp/sp/article/75331
御嶽山の水蒸気爆発を受けて11月に最初の協議会が開催され、第2回が3月27日だった。
http://www.kanaloco.jp/article/81896
ここで策定・承認されたのが、「箱根山の噴火を想定した大涌谷周辺の観光客等の避難誘導マニュアル」(以下、「マニュアル」とする)だ。
http://www.pref.kanagawa.jp/cnt/f532361/
http://www.town.hakone.kanagawa.jp/hakone_j/ka/soumu/saigai02.html
これによれば、現状は「4想定される事態(3)箱根山に気象庁から「火山の状況に関する解説情報」が発表された場合」に該当する。(以下、当該マニュアルの項目を参照する。)

また、それとは別に、
http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye2483907.html
「3日午前になって、大涌谷にある温泉施設で、水蒸気が通常よりも勢いよく噴き出しているのが確認された」ことを異常現象と捉えていれば、「4(4)気象庁からの「火口周辺警報」や「解説情報」の発表が無い中で、箱根山で異常現象が発生した場合」に該当すると判断された可能性もある。

いずれにしても、箱根火山防災協議会(もしくはコア会議)の助言により、箱根町は「6(3)④b)」もしくは「6(4)④b)」の「自然研究路等立入規制」を決定(5(3))し、本日5月4日午前5時から、以下の措置が実施(5(4))されている。

 1 大涌谷自然研究路の閉鎖
 2 ハイキングコースの一部区間の閉鎖

具体的な閉鎖区間は、以下から閉鎖区間図のPDF参照のこと。
http://www.town.hakone.kanagawa.jp/hakone_j/ka/soumu/saigai02.html
防ヶ沢から駒ヶ岳や早雲山へのコースも含まれており、人気のハイキングコースなので、ゴールデンウィークに歩こうと思っていた人も大勢いるとは思うが、知らずに行ってしまわないように。また、当然、玉子茶屋へも行けない。そこへの道が閉鎖されているからだ。

そしてなんと、玉子茶屋で製造していた大涌谷名物の黒玉子が、本日から製造できなくなってしまったとのこと。
https://www.facebook.com/139003956161617/photos/a.354320201296657.80682.139003956161617/883652648363407/?type=1
以前であれば、観光客は玉子茶屋に行けずとも、下の「大涌谷くろたまご館」等で黒玉子が買えたものだ。しかし今回は、製造のために業者が玉子茶屋に行くことすら、禁止されたということだろう。

当該閉鎖区間にいた観光客には避難指示が、大涌谷周辺の観光客には避難準備情報が発令され、この情報は防災行政無線やエリアメール、広報車等によって伝達されているのだろうと思うが、登録している箱根町のメルマガでは、今日はまだメールがない。いつも、防災行政無線で放送された内容がメールが届くのだが...

■「大涌谷周辺規制」はまだ
とはいえ、今のところ「6(3)④a)」もしくは「6(4)④a)」の「大涌谷周辺規制」はまだなので、大涌谷周辺の観光客に避難指示は発令されていない。
(「大涌谷周辺」の範囲は、「1目的」下の地図参照)

本日(4日)、気象庁の機動観測班が、現地の状況を確認したので、
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150504/k10010069631000.html
もしこれによって「火口周辺警報」が発表されたりすれば、「6(2)③」でただちに「大涌谷周辺規制」が実施される可能性はある。
(「火口周辺警報」とは、警戒範囲を火口周辺に限定する気象庁の噴火警報のことで、噴火警戒レベル2(火口周辺規制)とレベル3(入山規制)に相当。)

突発的に噴火するとか、火口周辺警報が発表された場合に、「大涌谷周辺規制」が実施されるのは分かりやすい。しかし、そこまで至らない場合、「大涌谷周辺規制」は実施されないかというと、そうとは限らない。現状のような、「解説情報」や「異常現象」のみでも、箱根火山防災協議会等の助言を踏まえ、箱根町が「大涌谷周辺規制」を決定する可能性はある。恐らく、ここが一番厄介なところだろう。ゴールデンウィーク中に「大涌谷周辺規制」の判断をしなければならないなんて、観光地の首長にとっては苦渋の決断に違いない。

まあ、いずれの決断にしても、「2基本方針」の以下を守り、最善の判断であると信じたい。
(1) 観光客等の命を守ることを最優先とする。
(2) 想定外を排除し、あらゆる事態に対処できるようにする。
(3) 外国人観光客等を考慮し、多言語による情報伝達等に配慮する。
(4) 箱根町を中心に火山協議会・園地協議会等が連携して対処する。

観光客の人々は、「大涌谷周辺規制」が実施されるか注意しつつ、
http://www.data.jma.go.jp/svd/vois/data/tokyo/STOCK/activity_info/315.html
箱根観光を楽しんで欲しい。大涌谷は、玉子茶屋に近づけなくとも、大涌谷くろたまご館等は営業しているし、箱根ロープウェイも動いている。

それに箱根は、大涌谷だけではない。箱根という観光地は、箱根湯本と大涌谷で、標高差900m以上あるような場所だ。芦ノ湖だって、海賊船とか運行してる。マウンテンリッパーなんかのマウンテンバイクのツアーも、今日も普通にやっているようだ。
https://twitter.com/MountainRipper/status/595054808408592385
このゴールデンウィークは、大涌谷で黒玉子が食べられずとも、それ以外の箱根の大自然を満喫して欲しい。

ちなみに、大涌谷のライブカメラはコレ。
http://www.sizenken.biodic.go.jp/live/view.php?camera_no=48

気象庁の、次の「火山の状況に関する解説情報」は、本日(4日)16時00分頃に発表の予定だ。

---->追記
上記の発表がされた。
http://www.jma.go.jp/jp/volcano/info_03_20150504160008.html
噴火予報(噴火警戒レベル1、平常)が継続とのこと。
明日も発表予定とのことで、しばらく注目が必要だろう。
<----

■「大涌谷周辺規制」が実施された場合を想像する
関係ないが、3月に熊本を旅行し、阿蘇へ行った。しかし、噴火警戒レベル2のため、火口周辺1kmは立入禁止で、阿蘇山ロープウェイも火口縁の火口西駅が立入禁止区域に含まれるので、運休していた。(昨年の8月30日から運休しっぱなし。)
しかし、草千里や阿蘇山ロープウェイの下の阿蘇山西駅までは行けて、観光客で賑わっていた。噴煙を眺めつつ、長閑なものだった。

今回もし「大涌谷周辺規制」となると、箱根ロープウェイの大涌谷駅も規制区域に入るので、恐らく運休するだろう。しかし、芦ノ湖は「大涌谷周辺規制」の区域に入らない。噴火警戒レベル3になっても、まだ住民は通常の生活をしている状況だ。なので、規制区域外なら、いつも通りの観光が可能なはずだ。

では、大涌谷にいる間に規制が実施された場合、観光客はどう避難するのか。

実は、つい4月28日に、朝から大涌谷周辺では、観光客等の避難誘導のための情報伝達訓練が実施されたばかりだ。
そして、マニュアルによって、大涌谷での一次避難場所は決まっている。

「7具体的な避難誘導の手順(1)一次避難」には、以下のように書かれている。
「箱根町は、大涌谷周辺規制の決定後、現に噴火が発生しているか否か、また、その噴火箇所に関わらず、周辺施設の従業員等の協力を得て、屋外にいる観光客等を、当面、周辺施設内に避難させるとともに、施設内の観光客等に屋内待機を呼びかける(なお、周辺施設の従業員等は状況を見ながら各施設に避難する。)。」

「避難誘導者とそれぞれの避難対象者及び誘導先について」に、どのエリアにいたら、どこの建物に避難するか、説明されている。

Aエリア:自然研究路、大涌谷湖尻自然探勝歩道
 →大涌谷くろたまご館へ
 (要配慮者や避難が間に合わない者は、ゆーらんど、極楽茶屋、公衆便所へ)
Bエリア:自然研究路入口~駐車場周辺
 →大涌谷くろたまご館へ
Cエリア:バス駐車場~大涌谷駅周辺
 →大涌谷駅へ

このうち、Aエリアの自然研究路は、既に4日午前5時から閉鎖している。
まあ基本的には、「大涌谷くろたまご館」か、ロープウェイの「大涌谷駅」への避難の2択ということになるわけだ。どちらも、ここ数年でできたばかりの新しい施設であり、位置的にも安全性が高いのだろう。また、くろたまご館の建物1階には、箱根ジオミュージアムが入っている。
http://www.hakone-geomuseum.jp/
箱根ジオミュージアムは、いざという場合の情報を伝達する拠点にもなっている、重要な施設だ。あそこは、展示はショボイと思っていたが、ちゃんと役割がある。

大涌谷へ自家用車で来ている人も多いだろうが、「大涌谷周辺規制」が決定されたら、一次避難先へ誘導されて一時的に車に戻れなくなるかもしれない。どのみち、安全なタイミングを見計らって、二次避難があるので、その時に「降灰等による道路交通への影響が認められない」なら、自分の車での避難が許されるので、マイカーを放棄するわけではない。

しかし、このマニュアルの内容を知らない観光客が、規制のアナウンスを聞いて、マイカーで下山しようとすることはあるだろう。あの、狭い大涌谷への一本道は、上りがしょっちゅう大渋滞だが、規制を知った車のUターンと、下りの殺到する自動車で、どんな混乱に陥るか分からない。あの道で大事故が起きたら、緊急車両も行き来できないだろう。(個人的には、噴火していない状態での大涌谷周辺規制ならまだしも、実際に噴火してしまったような場合に、人がどう対処すべきかなんて、マニュアル通りで良い結果となるかどうか、誰も保証してくれまい?とも思う。正直、ケース・バイ・ケースなのだろうが、そういうのが心配な人は、最初から危ない場所に近づかない以外、自分に答えは思いつかない。)

とりあえず、いつ一次避難になっても良いように、車に戻る必要がないように、車を降りる時に貴重品や持病の薬などを持って離れよう。

なお、二次避難は、「大涌谷周辺から700m以上離れた安全な場所に避難」させられる、ということになっている。その際に、降灰等によって道路交通に影響が出ていると、警察、消防、自衛隊に救出されることになるかもしれず、その場合に残された自家用車等がどうなるかは、そもそも考える余裕があるか分からない。

■問題はその先(噴火警戒レベル4、5)
マニュアルが、噴火警戒レベル3までの対応しか書かれてないことにお気づきだろうか。もちろん、レベルは5まで存在する。レベル4、5とは、居住地域を含んだ噴火警報だ。

何故か?

御嶽山の噴火以前は、2004年作成の「箱根町火山防災マップ」というのがあって、今回のマニュアルも、これの試算を前提にしている。
http://www.town.hakone.kanagawa.jp/hakone_j/kurashi/iza/kazanmapindex.html
「火山活動が活発化すると...」(水蒸気爆発の場合の影響の予測が記載されている)
http://www.town.hakone.kanagawa.jp/hakone_j/kurashi/iza/kazankatudou.html
「火山防災マップ全域図」
http://www.town.hakone.kanagawa.jp/hakone_j/kurashi/iza/kazanmap.html

しかし、今回のマニュアルが緊急的に3月にできたばかりで、これに則った訓練をしてみたのがつい先週。(ゴールデンウィーク前にできるだけのことをやってみたという姿勢は、評価したい。)
昨年10月の報道では、住民の具体的な避難対象地域は決まっていないとされ、箱根火山防災協議会で作られる避難計画の中で、具体化されるはずだった。恐らく、まだできてないのだろう。

観光客は今回のマニュアルで助かるが、居住者への対応が具体化されていないことは、地域住民は認識しておくべきだろう。
とりあえず、上記の箱根町火山防災マップに目を通しておこう。

■蛇足
ちなみにうちは、火山灰が積もる可能性がある範囲に別荘があるのですが、今は東京にいます。
一応、某試験の勉強してた頃に長年引きこもってた場所で、食糧の備蓄はそれなりにあり、今月は行きたいのだけど...分からん。

謹賀新年

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あけましておめでとうございます。
今年は、グランドキャニオンのブライトエンジェルトレイルを少し下ったところで撮った写真をベースに、スマホのゲームで最近珍しく興味を持ったIngress風味にアレンジしてみました。
なお、フォントやロゴは以下を使用させていただきました。
http://tanukifont.com/ingress-glyphabet/
http://cr0ybot.github.io/ingress-logos/


昨年は、最後の受験も結果を出せず、ただの無職となりました。
長年応援してくださった方々の期待に応えられず、申し訳ありません。

社会復帰する前にと、色々と旅行など画策し、あれやこれやと時間が過ぎましたが、古巣の社長に「ダメでした」報告もして自分なりにケジメをつけ、年末を前にやっと職探しを始めました。で、長年の目標を失い、さて何をするかと考え始めると、41歳にして無駄に悩むのであります。

行政書士だの知的財産管理技能士、ビジネス実務法務検定なんぞの資格はあるけれど、長年法律を勉強したからとそれを生かそうとこだわることは、サンクコストを切り捨てられないだけなんじゃないか?

でも、知財を勉強したのは、そもそもコンテンツ界隈の発展に寄与したい的な、制作現場の役に立ちたい的な、モロモロの思いがあったからで、そこにつながる仕事にこだわるなら、単なるサンクコストじゃないよな、とか。

久々に就活してみると、41歳なんて悩んでる時間はないのだという現実も直視することになるのですが、ここまでやりたいことをやってきたのだから、単に資格や能力が条件を満たすだけの仕事には躊躇するのであります。

それでも、偶然にも超興味のある求人を見つけ、年末に一社応募してみました。就活年越し予定はなかったのですが、自分的にツボな仕事を見つけてしまったので、応募してみる価値はあると。まあ、転職エージェントは条件に適合すると認めてくれましたが、面接に進めるかはまだ分かりません。

書類選考で落とされたら、残ってるデルタのマイレージ14万マイルで現実逃避するとかしないとか(苦笑)

そんなこんなで、本年もよろしくお願いいたします。

先日話題になった、森元首相の失言ニュース。
『「大事な時には必ず転ぶ」 森元首相、浅田選手の演技に』
http://www.asahi.com/articles/ASG2N6R04G2NUTFK01S.html

これ読んだ時は、「相変わらずこの人の失言オリンピックは、他の追随を許さないね」と思った程度だったのですが、その後この講演の全体像が分かる書き起こしが公開され、事態に変化が。
http://www.tbsradio.jp/ss954/2014/02/post-259.html

何故か、森発言の浅田選手の部分のみに着目して善意で解釈し、恣意的に一部の発言をとりあげるマスコミが悪いと、発言を擁護する意見がネットに出始めました。

参考:全文を見たツイッタラーの賛否両論な反応
https://twitter.com/search?q=http%3A%2F%2Fwww.tbsradio.jp%2Fss954%2F2014%2F02%2Fpost-259.html

でもねぇ...
パラリンピックのためにソチに行くのメンドクセーってのもヒデェし、アイスダンスのリード姉弟に対する暴言は、もう土下座して謝れレベルじゃないですか。事実無根の嘘でしかない。

「特にペアでやるアイスダンスっていうんですかね。あれ日本にできる人はいないんですね。あのご兄弟は、アメリカに住んでおられるんだと思います確か。ハーフ。お母さんが日本人で、お父さんがアメリカ人なのかな。そのご兄弟がやっておられるから、まだオリンピックに出るだけの力量ではなかったんだということですが、日本にはいないもんですから、あの方を日本に帰化させて日本の選手団で出して、点数が全然とれなかった。」

はぁ?

あの二人は、国籍を選択しただけで元々日本国籍持ってるし、オリンピック出場枠だってちゃんと国際大会で成績残して自分たちで獲得した。力量があるから、オリンピックに出場したんだよ!
(ちなみに自分は、リード姉弟に注目してたので、結果は非常に残念に思いました...)

流石に叩かれてます
http://hayabusa3.2ch.net/test/read.cgi/mnewsplus/1392923930/

なので、マスコミは、他のもっとヒドイ失言もしっかり全部拾えよと思ったので、その意味では、確かに引用の仕方に偏りがあるとは思いました(苦笑)
(つーか、リード姉弟に対する暴言をスルーしたマスコミは、まさかあれが、嘘だと気付かなかったってことはないよね?...)

この人は、悪気なくリップサービスのつもりで軽口をたたく人なんで、いちいちそれにムカついたりしないけど、東京オリンピック・パラリンピック組織委員会会長の立場を少しでも考えれば、普通は出てこない嘘・小話満載なわけです。

しょーもないオヤジなのです。そこは飲み屋じゃねーんだぞ!

そういうのは、オリンピックの裏番組かなにかで「失言オリンピック」やって呼べば、笑って終わらせられるのだけど...今回の件は、叩かれて当然。

全文読んだのに嘘に気付くこともできずに森さん擁護してる連中も、リード姉弟に一緒に謝りませう。

姉弟の公式ブログは、ソチでの結果について既に更新されてます。
「ソチでの出来事・・・」
http://ameblo.jp/reed-icedance-blog/entry-11775140764.html


http://www3.nhk.or.jp/news/html/20140218/k10015326171000.html
「菅官房長官は「安倍総理大臣の指示の下、古屋防災担当大臣がしっかり対応しており、内閣全体として取り組んでいる」と述べ、安倍総理大臣の指示の下、政府全体で対応していると強調しました。」
え...政府が頑張って対応してこの結果だと言ってるの?
反省すべき点ないの?
これじゃあ、危機管理能力がないと、自ら認めているようなもんじゃん。

「先週金曜日の14日の午後12時半に関係省庁による災害警戒会議、16日と17日に関係省庁による災害対策会議を開くとともに、古屋防災担当大臣が山梨県側とテレビ会議を行ったこと、さらに自衛隊が15日には活動を始めた」
こうやって、形式的な会議の存在で自己正当化できてると思ってるのかな?
実質的には動いてなかったから、みんなの党からまで批判されてんじゃん。

http://t.co/qbfpbjfqyJ
「雪の被害は14日夜半から大きなものになっていました。みんなの党の山梨県選出の議員から現地の詳細情報が入り始め、孤立無援地域の救出を党は菅官房長官にも電話で直接お願いしました。しかし、政府は、関係各所の連絡会議を招集したのは、15日の午後1時、それまでは、災害対策の事務局は、2から3人の当直職員しかいなかったようです。」
月曜になっても、「午後5時の時点でも連絡がつかない孤立無援地域がどれくらいあるか詳細には分からないとの回答でした。災害から24時間以上立ってもこのような状態、政府には真面目にやって欲しいと申し入れました。未だに政府には災害対策本部は設置されていません。」

官房長官は、15日に自衛隊が活動始めたと言ってるけど、規模が小さすぎたわけじゃん。
http://www.nikkei.com/article/DGXNASFS1801F_Y4A210C1EB1000/
18日になってやっと、1000人規模に増やしたわけでしょう?
18日になってやっと、災害対策本部を設置したわけでしょう?
http://www.asahi.com/articles/ASG2L3SM2G2LULFA00G.html
「課長級による災害対策会議を閣僚がトップの同本部に格上げした。」
18日になってやっと、官僚任せだったのが失敗だったと気付いたんじゃないの?

死者が出てるのだから、もっと早期に本格的に活動開始する判断ができたんじゃないかっつー反省くらい、謙虚にしようよ。そりゃネットにゃ、今回の政府対応を支持する書き込みを何故かよく目にするけど、そんなの「裸の王様」と同じだから。

長野県に遅れて、17日に山梨県が災害対策本部設置したのは、擁護する意見なんて皆無なのに、18日に災害対策本部設置した政府は擁護されるとか、意味不明だから。

■蛇足
ところで、当選直後に災害対策としての大雪のこと質問されて、「こういうのは大した事は無い。一日で終わる話ですから」と答えた新都知事は、少しは反省してるだろうか?
東京は、地方から物を届けてもらうことで食いつなぐ脆い都市だというのは、311の時にみんな思い知らされた。今回東京都は、どういう対応をとれたのだろう?と、防災ページにある発災時の緊急ニュースのページを見てみると...酷すぎ。
http://www.bousai.metro.tokyo.jp/datasheet/index_em.html

一連の大雪に関連した東京都の情報は、奥多摩町と桧原村に自衛隊派遣要請したというPDF1枚だけ。このサイトは、311の時も、夜まで災害情報が掲載されなかった。その辺の問題は、都政モニターやってた時にアンケートに答える形で東京都に指摘したし、その後猪瀬さんも、震災時に東京都がネットの情報発信を上手くできなかったことを認めていたわけだ。(だからといって、twitterでの情報発信ばかり強化したのはアホかと思ったけど。)
都知事が新しくなって、また災害を甘く見るように戻るなんてね...

謹賀新年

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あけましておめでとうございます。

子曰く、四十にして惑わず

昨年四十となりましたが、惑いまくりな今日この頃です。

さて、相変わらず箱根滞在率が高く、今朝は駒ケ岳から初日の出を拝もうとしたのですが、強風で箱根駒ケ岳ロープウェイが運休となり、元旦から散々なスタートです。今後の行方を暗示しているようです(苦笑)

今年も、アベノミクスで日々上昇するエンゲル係数に戦々恐々とするのは変わりませんが、ついに最後の受験資格を行使するので、結果の如何にかかわらず変化の1年となる予定です。というか、変化しないと、マジでニートの5秒前(^^;

ということで、本年もよろしくお願いいたします。

謹賀新年

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あけましておめでとうございます。

昨年1年を振り返るには、Facebookなんぞでタイムラインを見ると一目瞭然という時代で、ありがたいのか大きなお世話なのか分かりませんが、一言で表すなら「勉強しろ!」というところかと、反省ばかりです。今年の試験はスルーし、来年に向けてどう立て直すか思案中です。

さて、ここ数年は箱根滞在率が高いのですが、この辺はエヴァの第三新東京市ということで、ローソンがエヴァ仕様だったり、新宿からの高速バスもエヴァ仕様だったり、今も聖地巡礼的に観光を盛り上げようとしている感じで、ファンではない自分もそれなりに楽しんでます。

なので、いつかネタにしようと思っていたのですが、箱根ビジターセンターに手頃なジオラマがあったので、下二子山から陽電子砲を撃ってATフィールド割ってみました。Youtubeで確認したら、撃たれたシトが後ろに炎を吹き出してたので真似してみましたが、あんまり炎に見えないとか、完成度低いとか、つっ込みご勘弁を(苦笑)

ということで、本年もよろしくお願いいたします。

今年の司法試験も終わり、オワタオワタ...ということで、自暴自棄になって旅立った...ではなく、母親が東北を旅したいというので、ツアコンしてきました。
先月GW前に、陸前高田の戸羽市長がfacebookで書かれていたのだけど、6月になると、津波被害を受けた旧市役所などの公共の建物、ホテル、スーパーなどが、順次解体されることになっており、津波被害を直接見ていない人など興味本位でも構わないから、陸前高田に来てくださいという話があった。それを母に伝えたら、そういうことなら行きたいと。じゃあ、東北六魂祭もあるから、試験終わった翌週に...ということで、試験後、出発のわずか数日前に調べて旅程を組んだ。もちろん、平泉も観光したいとの要望があった。
で、そのうち陸前高田に関する部分は、これから行こうという人の参考になる部分もあると思うので、少し細かく紹介することにした。


■陸前高田の宿の予約
ボランティアや簡単なバスツアーなどではなく、しっかりと陸前高田を歩いて見るため、まずは宿の確保から始めた。自分一人なら、夜行高速バスで早朝到着し、午後のバスで一ノ関に戻って宿泊という強行軍も可能だが、今回はそうはいかない。悪天候なども想定し、確実に、無理のない行程を組むには、陸前高田で宿泊するのがベストと考えたからだ。

参考にしたのは、まず市のサイト。
http://www.city.rikuzentakata.iwate.jp/kategorie/kanko-event/syukuhaku/syukuhaku.html

この中から、長距離バスのバス停のある市役所仮庁舎や、広田湾との距離など考慮し、徒歩で活動可能な地域の宿を検討した。
もちろん、市中心部から遠い宿も、タクシーを活用するなどで交通手段が確実に確保できれば構わないだろうが、路線バスの本数は震災後は極端に少なくなっており、場所によっては1日1往復しか走っていなかったりするので注意が必要。
やはり市のサイトにある、バスの時刻表と路線図は、とても参考になる。
http://www.city.rikuzentakata.iwate.jp/kategorie/kurashi/bus/bus.html
で、時刻表とにらめっこしながら、中心部から遠い広田町の宿にも電話してみたが(以前この辺でも作業したことがあるので)、自家用車で来るのが普通の場所だから、バスを当てにするようなことはせずに、もっと市中心部に近い宿にした方が良いとアドバイスされた。

ということで、
http://www.city.rikuzentakata.iwate.jp/shisei/access/access.html
市役所周辺で探した結果、
http://takata.si-dsg.com/camp/contents/04.html
陸前高田ドライビングスクールの宿泊施設(ユニウス)のお世話になることに。

DSC_0659.jpg

ここは、ボランティアも多く利用する宿で、どうやら普段からかなり混んでいる感じで、直前なのに予約できたのは運が良かったのかもしれない。徒歩数分圏内にコンビニ、ドラッグストア、スーパー、銀行、郵便局等が集中しており、被災した主要施設がこの周辺で営業再開し、市の新しい中心地の一つを形成している感じになっている。もちろん、市役所の仮庁舎も近い。

しかし、まあ専門のホテルではないので、色々とルーズな部分があり、実際にチェックインしようとしたら宿の管理人に予約の話が一切伝えられておらず、フロントに人はいないし、部屋も準備されておらず、常識的に考えれば色々と問題があった。

そもそも、予約の電話をした際の予約担当の男性の対応はかなり変で、宿から徒歩圏内にコンビニがありますよね?と念のため質問したら、何か勘違いされてしまい、来たら何とかなるとか東京のつもりで来ても何ともならない、とか、陸前高田に来たことはあるのか、とか言われてしまった。ボランティアで行ってるし、その宿の前も何度も通ったことがあるし、その目と鼻の先でも作業したことがあるのだけど、質問の仕方が悪かったのか何か気に障ってしまったようで、嘘を言われてしまったのだ。徒歩3分で、ローソンもファミマもドラッグストアも、スーパーマーケットのマイヤも、100円ショップのキャン・ドゥも既に営業再開している宿で、どうにもならない訳がない。どうにもならない広範な地域があることはもちろんだが、少なくともこの辺はもうそうではない。

更に、本当は素泊まりにして、食事はコンテナの店舗で頑張ってオープンした付近の飲食店を探し、お金を使おうとも思っていたのだけど、そういう考えを伝えたのがまた気に障ったのか、自分たちも被災しているのだから、食事もうちで食べてくれと言われてしまい、じゃあ食事付きでお願いしますと相成った。二食付きで追加1500円なんて格安な宿の食事で終わらせるつもりはなかったけれど、夕方になれば仮設の飲食店なども閉めてしまい、夜は食べる場所などないとも言われたので、それに従って食事付きにしてもらった。結果、夜コンビニに行こうとしたら、居酒屋のような店がやっていたように見えたのは、きっと気のせい...

陸前高田市内の各種店舗マップのサイトが存在することは、帰ってきてから知った。先に見ておけば...
http://www.rikuzentakatatenpomap.com/
なお、このマップにまだ反映されていない店も多いので注意。

で、その予約担当者が管理人に予約を伝えなかったため(ゲフンゲフン)、15時前には宿に着いたのに、部屋に入れたのは約40分後になってしまった(しかも、どうやらダブルブッキングもやらかしていた。)のは、きっと言葉足らずな自らの不徳の致すところに違いない。まあ、自分は旅行のトラブルは慣れているので、基本的に気にしないのだけど、今回は時間が貴重だったので残念ではあった。しかしそれ以上に、管理人のおばさんの親切が対照的で有り難く、また当日電話での問い合わせに応じてくれたドライビングスクールの方から、後からお詫びの電話をいただいたのも驚いた。最終的には、ここにして正解だったと感じた。終わりよければすべてよし。


■陸前高田への公共交通
陸前高田は、今も鉄道(ドラゴンレール大船渡線)は復旧していないので、バスでしか行けない。

ボランティア目的のバスや、素通りするだけの復興支援バスツアーならいくつもあるけれど、今回の目的にはそぐわないので除外すると、東京方面から陸前高田入りする際に使えるバスの選択肢は、基本的に2択しかない。

まず、池袋からの夜行高速バス(けせんライナー)で、直接に陸前高田入りできる。
http://5931bus.com/kosoku/tono-kesen.html
しかし、これは到着が早朝過ぎ、前記の通り今回は適当でない。
そこで、一ノ関まで新幹線を使い、一ノ関駅から陸前高田市役所仮庁舎前に1600円で行ける大船渡一関線という路線バスへの乗り換えを検討。
(JRは「一ノ関」と表記するが、バスは「一関」と表記している)
http://www.iwatekenkotsu.co.jp/rosen-jikoku/morioka/110314pdf/engann/20120317/ofunato-ichinoseki(20120317).pdf
これで、14:29に陸前高田市役所仮庁舎前に着けるので、15時チェックインの宿に丁度良いと考えた。(ちなみに、震災以前は1時間に1本はあったそうだが、今は1日2本しか走っていないので、1本逃すと大変なことになる。)

が、新幹線で一ノ関、バスで陸前高田というのがシンプルだが、実は一ノ関から気仙沼までは、ドラゴンレール大船渡線が再開している。これを組み合わせて、気仙沼で大船渡一関線のバスに乗り換えるというのが、ちょっと魅力的。

ということで、出発した5月24日当日は、こうなった。
09:06 大宮
  ↓ 新幹線やまびこ53号
11:13 一ノ関
12:21 一ノ関
  ↓ ドラゴンレール大船渡線
13:40 気仙沼
13:49 気仙沼駅前
  ↓ 大船渡一関線(岩手県交通)
14:29 陸前高田市役所(仮庁舎)前

気仙沼駅前のバス停は、ちょっと注意が必要。駅前にあるバス停は別のバスのもので、実は駅が見えない位置まで移動しないと、大船渡一関線のバス停はない。分からなければ、駅前の観光案内所で質問すればすぐに教えてくれる。

なお、逆の盛岡方面から陸前高田に行けるバスもあるが、そういった路線も詳しく比較したい人は、岩手県交通のサイトを参考にされると良い。
http://www.iwatekenkotsu.co.jp/

ちなみに、陸前高田市役所仮庁舎前は、今ではこんな感じでATMがずらりと並んでいる。
DSC_0649.jpg


■高田町
チェックイン後、16時頃に竹駒町の宿を出た。そして、20分も歩けば、高田町の広大な、津波で流されてまっ平らになった風景に出くわす。
1年前この辺に来た時の、凄い量の瓦礫が、確実に減ったことが分かる。

例えば、1年前こんな風景だった場所が、
IMG_3832.jpg今はこんな感じだ。DSC_0685.jpgそして、この残っている建物も、もうすぐ取り壊される予定というのが、今回の旅のきっかけ。

1年前、少し高い地域では、取り壊し待ちの家屋も多く、家財道具の運び出し等を手伝った家などは、業者の予約が混んでいて年内に取り壊せるかどうかも分からないとお婆さんが嘆いていたものだが、今回はそういう家がさっぱりと消え去っていた。


何もないのに、かろうじて道路だけある風景。家があったであろう場所には、いくつも供養の花が枯れていた。ここに初めて来た母は、当初は被害の規模の大きさがよく分かっていない様子だったが、見渡す限り広大な平地となってしまった風景を直に見て、TVで見ていたものとは違う現実がここにあることを、少なからずやっと理解したようだった。(被災者の方はまさかと思うかもしれないが、TVでしか震災を知らない人というのは、本当に被害規模を理解できていない。理解できていないから、酷いことを言う人もいる。でも、現地を見ないで想像できるような被害ではないのも事実で、理解できない人が特別に悪いわけでもないとも思う。想像を遥かに超える被害というのは、やはり現実に見てもらうしか、理解を得られない。)

マイヤから市民体育館に向かう途中、旧市役所前の簡易な祭壇で手を合わせた。
DSC_0698.jpg
高田松原第一球場近くから引き返し、キャピタルホテル、奇跡の一本松のよく見える場所まで歩き、国道340号沿いに宿まで戻って、丁度3時間たっていた。
自分としては、翌日も使って(もし初日雨だったら、翌日の夕方までを陸前高田で使えるように、フレキシブルな旅程を組んでいた)、かつてお手伝いした広田町くらいまで行きたい気持ちはあったけれど、高齢な母はもう十分よく分かったという感じだったので、翌日は早朝に陸前高田を発つことにした。(もちろん、高田町だけ見て陸前高田を全部見たなどというのは甘い話で、帰宅後、Googleマップとストリートビュー見せながら、歩いた場所がどんなに一部分に過ぎないか説明することになった。)

ちなみに、以前は壊れた自動車の山だった場所が駐車場になっていたり、少し坂を上った辺りに理髪店が営業していたり、お菓子屋さん等がオープンしていることに、一々感心してしまったが、行きに気になったお店で、帰りにお菓子を買った。

DSC_0675.jpg
IMG_20120528_115446.jpgIMG_20120528_115508.jpg
これを買った「おかし工房木村屋」さんは、後で調べたら、
http://okashitsukasa-kimuraya.com/
元は気仙ゆべしの老舗で、被災地応援ファンドで再建されたばかりだった。
http://www.musicsecurities.com/communityfund/details.php?st=a&fid=200
何も知らずに訪れ、奇跡の一本松をモチーフにした「夢の樹バウム」も偶然買ったのだけど、とても美味しくて、デカいの一本丸々買えば良かったと、ちょっと後悔。
http://www.musicsecurities.com/blog/community_news.php?st=cal&bl=120&cg=25
被災前のサイトは、オンラインショップのリンクが切れており、更新されてないようで、買う手段はないのかと諦めかけたら、こんなの発見。
http://www.i-wa-i.jp/article/14399034.html
あぁ、ここは入らなかったけど、隣のお店だ!
ということで、隣のお店経由なら「夢の樹バウム」が通販で買えるので、おススメです(笑)


■平泉へ
翌25日は、早朝からバスで陸前高田を去った。

06:01 陸前高田市役所(仮庁舎)前
  ↓ 大船渡一関線(岩手県交通) ←行きの逆のバス
07:55 一関

鳴石団地前を過ぎたあたりから、広田湾に下っていくバスからの風景

通過した気仙沼の風景

09:00 一ノ関
  ↓ 東北本線
09:08 平泉

ここからは通常の観光モード。平泉では、駅前で電動アシストサイクルをレンタルで借り(ゴールドレンタ平泉:1日1300円)、効率的に観光した。
借りたのが9時30分頃で、柳之御所遺跡柳之御所資料館無量光院跡高館義経堂中尊寺と順調に回り、中尊寺の奥のかんざん亭で、絶景の中、自然薯そばを美味しくいただいた。

DSC_0964.jpg

かんざん亭を出た時には、既に14時だったので、ここまでじっくりと観光できた。しかし、段々と天候が怪しくなり、次の平泉文化遺産センターにたどり着いた頃には、雨が降り出していた。
旧観自在王院庭園を横目に見ながら、雨が激しくなりそうなのでスルーし、毛越寺へ。他の団体客のガイドの説明に耳を傾けながら回り、15時過ぎに最終目的地の達谷窟毘沙門堂へ向かうも、とうとう雨が本降りとなり、途中で諦めて平泉駅に戻ることになった。達谷窟毘沙門堂は、征夷大将軍の坂上田村麻呂が創建したというのが興味津々で、実はかなり行きたかった。が、雨は激しくなるばかり...16時前に自転車を返却し、平泉観光終了。無念なり...

で、東北本線で花巻に移動し、この日は花巻台温泉の松田屋旅館に宿泊。
http://www.show-un.com/
花巻は、温泉街がいくつもあって、どれがどうなのかよく分からないのだけど、台温泉は古い温泉街で、松田屋も結構古い。でも、温泉がいくつも楽しめ、ロビーではセルフサービスのコーヒーが無料で、食後にくつろげたり、自室用のアロマのお香も置かれていて自由に使え、他にも無料のちょっといいサービスがあって、コストパフォーマンスが高かった。


ところで、実は宿に着く前、花巻駅でトラブルが。なんと、着替えなどを入れた大きいウエストポーチを、車内の網棚に置き忘れて降りてしまったのだ。情けなや...
駅員に聞いてみたが、その電車は盛岡で折り返し前で止まってるということで、盛岡駅のインフォメーションセンターの電話番号を教えられ、自分でかけろと。
電話すると、その電車は一ノ関で車庫入りするまで忘れ物を調べることはできないと断られ、夜8~9時くらいになれば、忘れ物の情報が端末に登録されるので、盗まれてなければ忘れ物の問い合わせ番号に電話して確認できると...ワァーオ、ザ・たらい回し(笑)

折り返してくる電車の、花巻でのわずかな停車時間に乗り込んで探すという選択肢もあったけれど、直ぐに発見できるか分からないし、次の駅までに見つけるにしても、戻りの電車も本数が少ないので、宿へのチェックインが何時になるか分からない。それでは、せっかくの温泉宿への宿泊が台無しだ。
着替え以外は、スマホの充電器や髭剃りを入れていたけれど、もうそこで自分で探すのは諦めることにした。(ここは日本だから、きっと誰も盗まないさ!と自分に言い聞かせて。)

夜9時過ぎに電話してみたら、見事に一ノ関駅で荷物が見つかり、翌日の帰りに立ち寄って受け取ることにできて、ヤレヤレ一安心。

■花巻から盛岡
26日は、朝から宮沢賢治記念館宮沢賢治童話村花巻市博物館と回った。
宮沢賢治記念館は、あれは時間があればいくらでも過ごせる危険遅滞で、童話村のイマイチ感とは対照的だった。
花巻市博物館を見終えたのが13:30頃で、そこで初めて、盛岡の東北六魂祭に行くには丁度良いかもという話に。実はここまで、東北六魂祭は行けたらいいねくらいの話になっており、あまりまともにスケジュールを考えていなかった。しかし、博物館の方に新花巻駅までの歩き方を質問したついでにその話になったら、東北六魂祭のイベントスケジュールの掲載された新聞をコピーしてくれて、盛岡に15:34に到着できる電車の乗り継ぎ方まで教えてくれた。パレードは15時からなので、まだまだ祭りが楽しめる時間に到着できることが判明。

博物館の方に感謝しつつ、新花巻→花巻→盛岡と乗り継ぎ、お陰で東北六魂祭を楽しめた。

その後、盛岡冷麺を食べ、一ノ関に東北本線で向かおうとしたら、祭りの帰りの客で一杯の盛岡駅は、東北本線の改札を入場制限。長蛇の列に並んでいては、とてもその日のうちに東京に帰れない...ということで、新幹線Wきっぷを購入。

18:46 盛岡
  ↓ やまびこ66号
19:28 一ノ関

受付時間に結構ギリギリで、忘れ物を無事回収。
お土産買ったりしながら、次の新幹線に乗車。

20:22 一ノ関
  ↓ やまびこ68号
22:34 大宮

で、新宿経由で無事帰宅。
ハードな3日間だった...


さて、次のボランティアはどうすべか。

ネットと震災

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■ついに1年
この1年、何度涙腺が緩んだことか。
同時に、復興の遅さや、東電の対応など、何度怒りを感じたことか。
原発関連のムーブメントなど、とにかく激動の1年だった。まあ、激動だった割に大して進んでいないのだけどね。

最近よく考えることがある。

もしまた今、同じような震災が起こったら、僕らは1年前よりもマシな対応をできるだろうか?

次は多くの人が政府や電力会社の発表に聞く耳を持たず、パニックになるような気もする。それを避ける唯一の手段は、ネットを活用できるかどうかだろう。

ネット界隈は、震災の教訓をどう消化したのだろうか。

まあ、Twitterが役に立つというのは、今さら言うまでもない。
と言うか、もしも無かったらどうなっていたかと思うと、ゾッとする。
Googleの貢献も、無視できない。パーソンファインダーの立ち上げもそうだが、そもそもGoogleマップが無かったら、帰宅困難者はもっと困難だったろうし、被災地への支援活動も滞っただろう。

思えば、阪神・淡路大震災の時、インターネットにはそれらが無かった。Googleどころか、Yahoo!すら法人設立前だ。当然、Facebookもmixiもなければ、2chもブログもなかった。想像できるだろうか?

■社会的常識
「インターネットと情報ボランティア ―これまでとこれから ―」
http://www.heri.or.jp/hyokei/9601mzno.htm
を偶然目にしたので、ちょっと思いをはせてみる。

阪神・淡路大震災当時、大学生だった自分は、結局寄付しかできなかったように思う。ボランティアに行くべきか考えた記憶はあるのだけど、実行に移せなかった。
東日本大震災では陸前高田に行き、多くの大学生と共に活動し、昔の自分より全然偉いなと思ったり思わなかったり(苦笑)

もちろん、被害の性質や規模の違いはあるけれど、17年前の自分が能動的に支援に動かなかった理由は何だろうとか、ちょっと考えてしまった。まあ、結論は単純で、インターネットの違いなんだけど。

当時は、マルチメディアという言葉が世間を賑わせていたけれど、個人でインターネットを使えている人は極少数。それまで、月額何万円もしたインターネット接続料金をベッコアメ・インターネットが価格破壊し、やっと学生の自分でもプロバイダ契約が現実的になったばかりだった頃。

WWWなんて、大学の演算室のUNIXでNCSA Mosaic使う程度。
個人じゃ、パソコン通信のニフティサーブ経由でtelnetするのがやっと。
まだテレホーダイも始まっていなかった。

結局、TVや新聞で伝えられる情報がメインであって、少なくとも自分はネットを活用できなかった。


ところが、そんな時代の阪神・淡路大震災でも、インターネットが有効活用されたと当時話題になったりした。安否情報の提供なども、Googleすらないのに当時の人も頑張った。

その辺のことは、今はなき「インターネットマガジン」がバックナンバーアーカイブとして公開しているので、今見てみると興味深い。(読者だったけど、完全に忘れていた。)

『大規模災害とインターネット―阪神大震災にインターネットはどう対応したのか(1995年4月号)』
http://i.impressrd.jp/e/2008/01/17/343
PDF
http://archives.impressrd.jp/im/previewer.php?url=http://i.impressrd.jp/files/images/bn/pdf/im199504-064-jisin.pdf

『大規模災害とインターネット第2回―残された課題と今後のインターネット活動(1995年6月号)』
http://i.impressrd.jp/e/2008/01/17/344
PDF
http://archives.impressrd.jp/im/previewer.php?url=http://i.impressrd.jp/files/images/bn/pdf/im199506-076-jisin.pdf

東日本大震災でのインターネットの活用具合とは、全然レベルが違うはずなのだけど、そこに求められた役割や課題というものは、何かデジャブが...

震災後、インターネット防災訓練なんてものも始まった。

『[REPORT] 「第1回インターネット防災訓練」の裏側 (1996年4月号) 』
http://archives.impressrd.jp/im/previewer.php?url=http://i.impressrd.jp/files/images/bn/pdf/im199604-210-bousai.pdf
『[REPORT] 第2回インターネット災害訓練レポート (1997年4月号) 』
http://archives.impressrd.jp/im/previewer.php?url=http://i.impressrd.jp/files/images/bn/pdf/im199704-330-saigai.pdf

そして10年後

『ライフラインとしてのインターネット(2005年4月号)』
http://i.impressrd.jp/e/2008/01/17/346
PDF
http://archives.impressrd.jp/im/previewer.php?url=http://i.impressrd.jp/files/images/bn/pdf/im200504-112-letter.pdf
「最も重要な課題は、「いざというときはこれを使えばいい」という社会的常識を広く浸透させることである」

ということで、IAA Allinaceみたいのを定着させるのかと思いきや、2007年3月31日をもって解散してしまった。
http://www.iaa-alliance.net/

niftyもネットの防災訓練をやってたが、この年が最後?
http://rescuenow.nifty.com/tokusetsu2007/kunren/

なんだろね。結局、震災から時間が経つと、防災意識が低下してしまうのだろうか。
これらの反省や訓練の経験が、東日本大震災でどう生かされたのか興味があるけれど...

『第1回「iSPP 情報支援連携会議 in 仙台」で語られた被災地の話』
http://i.impressrd.jp/e/2011/05/23/1134
「グーグルのパーソンファインダーのようなウェブを見ること自体、発想にない」

『阪神淡路と東日本大震災に見るインターネット共通の課題』
http://i.impressrd.jp/e/2011/08/11/1149
「96年版と2011年版には、まったく同じ1つの視点が寄せられている。それは、「被災者には直接あまり役に立たなかった」という関係者の言葉である。」

なんとも残念。
震災時のインターネットの利用方法が、またしても社会的常識となっていなかったわけだ。

パーソンファインダーが立ち上がったのが、震災の2時間後なのだから当たり前だけど、そもそもGoogle先生に責任はないのだから仕方ない。IAA Allinaceの後も、本当の意味で役に立つ安否情報サービスが整備されなかったのは、国内問題なのだから。

しかし...
「Googleが新しい災害対応の取り組みを発表 - パーソンファインダーの機能拡充など」
http://news.mynavi.jp/articles/2012/03/07/google/
「東日本大震災と情報、インターネット、Google」
http://www.google.org/crisisresponse/kiroku311/

ここまでGoogleが本気を見せている以上、どういう枠組みであろうと、Google抜きには有り得ないことだけは確かだ。Google抜きには有り得ないけれど、Google任せで良いのか不安という、なんとも歯がゆい感じもある。
facebookの災害用伝言板よりは、遥かに頼もしいのだけど(^^;

とりあえず、いざとなったら
http://www.google.co.jp/saigai
これを確認するというのは、社会的常識にできずとも、家族や親戚の間では常識にしたい。

まあ、安否情報に限らず、社会的常識にするには国民的なインターネット防災訓練が必要なのは間違いないけれど、簡単じゃないからね。


■そもそも最初に生き残るためには
ところで、どんなにGoogle先生が素晴らしいとしても、それを生かせるのは、地震や津波をとりあえず生き延びた人だけだ。まずは、最初に死なないことこそが重要であり、この点でインターネットは役立つのか。やはり、リアルタイムなアナウンスという意味では、緊急地震速報やTVがベストなのだろうか。

実は、東日本大震災の際、最も迅速に適切な避難誘導をアナウンスしていたのは、既存のTVではなかった。weathernewsの24時間生放送の気象情報番組、SOLiVE24だ。


http://weathernews.jp/solive24/

ここでも見られるが、うちではソラマドという無料の専用ソフトをPCにインストールし、スマートフォンにはウェザーニュースタッチというアプリをインストールし、いつも見ている。地震があると、生放送でリアルタイムに適切な情報が確実に得られるので、直ぐに見る癖がついてしまった。

以下は、東日本大震災当時の、地震発生直前からの放送の様子だが、見たことがない人は、騙されたと思ってじっくり動画を見ることをお勧めしたい。あの時、こんな的確な放送が存在したことは、もっと評価されるべきだ。


00:43 緊急地震速報 発令
03:00 揺れが強くなってくる
04:11 大津波警報
22:00 余震発生
30:11 大きな余震発生

津波が川を遡って奥地まで被害が出るとか、車で避難すると危険だから降りろとか、そんなことを既に予測してアナウンスしていることに感服する。また、震災直後から、視聴者からのウェザーリポートが届いているのも注目すべきだ。普段は、日本各地の天候に関する情報提供インフラなウェザーリポートが、震災情報インフラとしても機能するわけだ。


今、weathernewsは、「Join&Share(参加と共有)」をキーワードに、自助・共助、減災を目指している。防災ではない。減災だ。そのために、日常的に機能しているウェザーリポートという仕組みを生かそうとしている。
一部の自治体とは、既に減災プロジェクトをスタートさせている。
http://weathernews.com/ja/nc/press/2011/110801.html
http://weathernews.com/ja/nc/press/2011/110905.html

更に、TSUNAMIレーダーの配備もしている。(津波は、船舶に搭載されているようなレーダーに映るのだ)
http://weathernews.com/ja/nc/press/2012/120305_2.html
これで、津波が到達する15分前には分かるそうだ。

減災訓練も繰り返している。
http://weathernews.com/ja/nc/press/2012/120116_2.html

weathernewsの本気っぷりは、プロフェッショナルの責任感を感じる。
トップダウンの気象庁の情報と異なり、Join&Shareなのがweathernewsだ。インターネットに親和的なのは、後者であることは明らかだ。

インターネットにつながってSOLiVE24さえ見られれば、逃げるチャンスを無駄にせずに済むかもしれないと、本気で思う。こんな会社が日本にあるというだけで、安心してしまう(ってそれじゃダメだけどw)。

いずれ必ずやってくる次の震災は、前よりもマシな対応、したいよね!


個人的に唯一の弊害は、普段のSOLiVE24の放送が面白すぎて、流星群とか今まで余り興味の無かった天体ショーが楽しみになって、夜中外に出たくなってしまう点だろうか?(自爆)

Be Happy New Year

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2012web.jpg

昨年は、世界的にはビン・ラディン、カダフィー、スティーブ・ジョブズ、金正日と、テロリストや独裁者が立て続けに消え去りました。エジプトも大変だなぁとか。しかし、そんなことすらどうでも良いと思える激震の一年でした。

日本が最悪を迎え、神話は神話でしかなかったと、ある種の洗脳を解かれてしまいました。とっとと昨年と決別し、今年は平穏なタイムラインが描かれると良いのですが。(まあ、そうは問屋が卸さないでしょうが...)

もちろん、決別とはいえ、昨年のことは忘れちゃいけない。
忘れられない。忘れてたまるかー!

ということで、今年は被災地のことを念頭に置きつつ、平穏な一年となることを願ってます。

>蛇足
なお、昨年は某受験を回避したので、今年が2回目の予定です。

陸前高田へ2

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■再び陸前高田へ
先週1週間ほど、また難民支援協会(JAR)の被災地支援ボランティアで陸前高田に行ってきた。
   月曜夜:東京出発 → 火曜~日曜:陸前高田で活動 → 月曜早朝:東京戻り
http://www.refugee.or.jp/event/2011/06/13-1127.shtml

震災から半年ということで、そろそろボランティアの足が遠のいているのではないかと思ったのと、これより後は某受験勉強に集中したいので参加できなくなるという事情で、このタイミングで精一杯の1週間の労働力を提供させてもらった。

ところが、陸前高田のボランティアは、実はかなり活況だった。理由は、他所の地域のボランティアセンター(以下「VC」)が閉鎖されたり、個人の参加を締め切ったりで、比較的従来通りボランティアを受け入れている陸前高田に、結果として人が集まってきていたのだ。その結果、週末に合流したメンバーには、各地のVCを転戦している歴戦の勇者的な人が多く、各地の受け入れ状況の問題点など、興味深い話も聞けた。

まあ、それ故の組織的な困難さもあったが、結論から言うと本当に参加して良かった。心からそう感じている。依頼者(被災者)との出会いは当然として、様々なタイプのボランティアメンバーとのソレも、喜怒哀楽に溢れていた。そしてこれは、1週間活動したからこそ実感できたのだとも思う。

こういう言い方はアレだが、元来自分はこの手の場所で人脈作りとか全く興味がなく、終わったらサヨナラな人で、特に人脈作りに来てんじゃねーの?的な人には冷淡なのだけど、今回ばかりは別れを惜しく感じてしまった。

特に、複数の学生からFacebookをやっているかと聞かれたのが意外だったのだが、多くの人とつながることができたのは、素直に嬉しい。

今までは、Facebookの使い勝手が嫌いで、アカウントはむかーしから取ってたけど、ほとんど使わないようにしてきた。しかし、大学生から「おじさんでもFacebookやるんですね」と言われてムキー!となったので、本腰入れることにした!(苦笑)

■6月と9月で変わった点
行く前は、草刈のような仕事が増えていると聞いていた。しかし今回、驚いたのだが、企業を支援することが2回あった。工場が被災した会社で、海水で真っ赤に錆びてしまった資材の錆取りを手伝ったりした。

IMG_4265.jpg

この会社は海が近く、工場の高い天井まで津波を被っていたが、天井に流木が引っかかったままの状態で、その下で仕事をしていた。そして何と、6ヶ月たった今でも、電気が復旧していなかった。

IMG_4266.jpg

辛うじて水道は使えたが、電気がないので錆取りに電動の研磨機が使えないのだ。発電機が一台だけあったが、膨大な量の資材に対して、全く足りてなかった。そこで、人海戦術しかないわけだが...

「皮すき → ワイヤーブラシ → スチールたわし」


この順でひたすら研磨するよう指示された。ところが、そもそもこれらの道具も数が限られ、ボランティア4名分しかなかった。その日は丁度、我々は男4名女3名と少人数だったので、むしろ丁度良い人数だと喜ばれたが、沢山ボランティアが来ても道具が足りなくて仕事がないわけだ。人海戦術すらできてない。
こんな状況で、ひたすら終わりの見えない作業を続ける社員の方々も凄いなと思ったのだが、作業を教えてくれた方々も解雇されているので、自分たちもボランティアみたいなものですと、笑って教えてくれた。

企業活動を支援するというのは、実はちょっと線引きが難しい。地域によっては、ボランティアの対象外としている。しかし、陸前高田のVCでは認めており、数日の活動では終わりが見えないような膨大な作業に、連日異なるボランティアが関わっているわけだ。自分がどんな作業にマッチングされるかはVC次第なので、個人の被災者のためにお手伝いしたいという意気込みで来ると、場合によっては納得し難い場合もあるかもしれない。
特に、上記のような津波被害をダイレクトに受けた現場ならまだしも、間接的な被害を抱えた会社の支援となると、躊躇する人も少なくないだろう。もう一つの現場がそうだった。

石材を扱う会社で、大きな石材を積んでいたプレートが壊れたり、袋が破れたりして散乱している砂利などを、再び販売するために積み直したり土嚢袋に詰めなおす、ひたすら力仕事の過酷な現場だった。ところがそこは、海から遠く、高台にあった。どう考えても津波被害はない。では、地震被害だろうか?と思いつつ作業していた。が、昼休みに従業員の人に聞いてみたら、地震の被害でもないという。え?

結局、地震・津波の直接の被害はそれ程ではなかったが、震災後しばらく業務が困難だったため、石材を放置せざるを得ず、その結果木製のプレート等が腐り、石材等が崩れてしまったというのだ。つまり、業務が滞ったことによる間接被害なわけだ。
VC側の基準がよく分からないが、もしもこの様な仕事ばかりだったら、ボランティアのモチベーションを維持するのは難しかったかもしれない。

■変わらぬ点
しかし、幸いと言うとおかしいが、そういう仕事の翌日は、以前と同じような個人の被災者のための瓦礫撤去だった。こういう仕事がまだ残っているのは、本当は残念なことなのだろう。しかし、海の近くで流されてしまった家の跡地や畑跡を、全て畑としてやり直したい老夫婦の依頼は、非常にやりがいがあった。

IMG_4196.jpg

地中に埋まっている瓦礫を撤去したり、生え放題の雑草を根っこから排除する仕事で、1日じゃ半分も終わらず、リーダーがVCに希望して2日続けて作業させてもらった。だから、余計に感情移入してしまった部分もあるかもしれない。

お婆さんは初日、僕らのために南瓜の煮付けを、二日目はオニギリ等を振る舞ってくれた。お爺さんは、見ているだけでは耐えられないようで、僕らと一緒に汗を流した。依頼者はボランティア保険に入ってないのだから、怪我でもしたらマズイわけで、手伝ってもらうのは本当は良くないのではないかとも思ったが、向こうからすれば自分のことを手伝ってもらうのに、傍観はできないのだろう。その気持ちもよく分かった。

まあ、そもそも自分のようなヘタレより、遥かにお爺さんの方が頼もしいのだが(自爆)

IMG_4226.jpg

一緒に、瓦礫を積んだリアカーを引いたりしながら、色々話をした。非常に優しいお爺さんで、水道すらまともに復旧していない現場で、作業後にろくに手洗いもさせられないことを申し訳ないというので、僕らはVCで洗えるし、帰りに花巻で温泉に入りますからというと、とても安堵したようだった。花巻の温泉は有名だから、是非疲れを癒してくれと。
他のメンバーとも色々話をしていたが、孫のような年齢のボランティアに囲まれ、お爺さんも色々と思うところがあったようだ。帰り際には、敷地の奥で栽培していたプチトマトを大量に(本当に大量w)収穫して、お土産にくれた。そして、バスから見えなくなるまで、深々とお辞儀をして見送ってくれた。涙を拭いながら。

実はこの日、地元の方の涙を目にするのは2回目だった。ボランティア参加者は、毎朝VCでオリエンテーションを受けるのだけど、この日の担当女性は、僕らのバスで説明を始めるなり、かなり泣いてしまったのだ。JARが継続的に支援していることに地元民として感謝していることや、震災当時のことを思い出しつつ話していたら、抑えられなくなってしまったようだった。
オリエンテーションでは、ボランティア作業中に津波の危険があれば、周囲を助けようとせずにとにかく一人で逃げろということを説明するのに、震災当時の辛い話を色々とされることがある。例えば、お婆さんを背負って逃げていた男性が、もうこのままでは逃げられないと、お婆さんに御免ねと謝って降ろして逃げのびた話などだ。地元の方々は、一人でも助かることを望んでおり、他人を助けて共倒れしないで欲しいと、ボランティアに言うのだ。もちろん、担当者によって違いはあるけれど、ボランティアに地元民の思いを理解させるのに、辛い話を毎朝している人もいるわけだ。この日の女性は、震災後家族と連絡が取れなくなった期間の辛い思いを、リアルに思い出してしまったようだった。

最近自分は、歳をとったせいか涙もろいと感じることが多く、この日は涙腺が緩みっぱなしだった。

おまけで、翌日の現場に行く途中、偶然に前日の現場の前をバスが通ったのだが、丁度お爺さんが作業していてバスに気付き、お互いに大きく手を振った。お爺さんは、あの場で黙々と畑仕事をしているわけだ。プチトマトは、その日のお昼に美味しくいただいた。

■ここまでのメンバー
月曜に共に出発したのは、確か日本人10名、外国人5名(内アフリカ系難民1名)で、夏休みな学生率は高かったが、自分同様「現在は働いていない」人が4名ほどおり、肩身は狭くなかった(自爆)

参加者によって、少し短く木曜に帰ってしまう組がおり、金曜は日本人3名、外国人4名に減少し、なんとスペイン人がリーダーとなり、気付いたら第一言語が英語状態になっていたのはなかなかレアな体験だった。

今回の外国人の多くは、上智の大学院等への留学生で、彼ら(Lilian、PatrickそしてリーダーとなったRuben)は過去にもJARのボランティアに参加しており、以下のサイトを立ち上げている。
http://www.311relief.com/

今回の活動については、以下のCeciliaの寄稿部分で取り上げられている。
http://www.311relief.com/index.php?id=20

夜は、リーダーがカルボナーラなスパゲッティを作ってくれるというのでお任せしたところ、適当なチーズが入手できなかったようで、チーズでコッテコテに固まった不思議なカルボナーラを体験した。そして最後は、鍋に大量に余ったソレを、Ceciliaが何故か僕の皿に全て盛り付けてくるもので、ノーサンキューを連呼して逃げた。が、既にテンコ盛りだった(^^;

このカルボナーラ、一人600円というのが少々お高かったが、Rubenが更にチップ1万円と言ったら、ここは日本だからチップの習慣はないねーという外国人達の一斉の反論が面白かった(笑)

その後は、英語で猥談が凄いディープなことになり、日本人3名は置いてけ堀状態(え?自分だけ?w)。ナニな件について日本人はどう思うのかと聞かれてもねぇ(^^;;

そんなボキャブラリーありませんがな!

■後半メンバーとの合流
金曜夜に東京を出て、土日だけ活動する後半組もいて、これが大変多かった。金曜に7人に減少したのが、一気に30人越えの大人数に膨れた。すると、よく戦争ものドラマにありそうな、アレな状況が生じた。古参兵のいる分隊規模の独立愚連隊が、突如新規の小隊に編入され、その指揮に従えと言われて...というアレですよ(苦笑)

最大の問題は、新しいリーダーとサブが、合わせて4人もいたことだったと思う。船頭多くして船山に登る的な状況があった。しかし、色々あったが、幸い男性リーダーに人望があったことで、小隊は瓦解を免れた。同時に、色々あったことで、古参兵同士の連帯感も増したように思う。
こういう問題は、少なからずボランティアにはあるものなのだろうが、一般の会社でもよくあることだ。まあ、だからこそ組織とは面白い(笑)

■市立広田中学校周辺
土曜の現場は、単に広範囲なのと電柱がゴロゴロ転がってた以外は、至って普通な個人の畑の瓦礫撤去だった。コンクリの電柱は重いけれど、なんせ男手は大量にあったので、皆で運べた。後は、掘れば掘るほどキリがないが、時間までできることをやるだけだった。まあ、場所が広田町で、市立広田中学校周辺までバスで来た時は、どこまで行くのかと驚いたが。

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問題は、日曜の市立小友中学校周辺だった。こんな現場がまだ残っていたとは...

■市立小友中学校周辺
VCの当初の指示では、側溝の泥欠きと、手が空いていれば畑だかの草刈という程度のもので、あまり状況が分からなかったが大変という認識はなかった。ところが、現場に行って呆然。

地図にある側溝の位置が、実際にどこなのか分からなかった。道路と畑の間に、側溝らしき形跡なんて見当たらない。リーダーが苦労しつつ、目的の側溝に接続しているであろう他の側溝を見つけたところ、つまりは目的の側溝が完全に埋まっていることが分かった。深さ1mくらい?

えええーーー!!!

ここは、依頼者が現場に来てくれない(そういう現場もある)ので、側溝の一端は判明しても、それがどう伸びているのかは想像するしかない。道路に対して直線とは限らない。しかし、判明している側からのみ徐々に掘り進めるのでは、数人しか作業できない。せっかくのマンパワーが無意味になる。そこでリーダーは、つるはしやスコップを持つメンバーをおよその予測で並ばせ、側溝に当たるように各自掘らせた。恐らく、あの時点でベストの指示だったろう。

午前中は、皆ガムシャラに掘っていたと思うが、この地中には板状の大きなアスファルトの塊がワンサカと埋まっており、思うように掘り進められなかった。道路のアスファルトが津波で剥がされ、一人じゃ持ち上げられないようなサイズのまま、側溝の上に覆いかぶさって泥とまみれて層になっていた。そして、これが下手をすると、アスファルトが側溝の底や壁なのではないかと判断を誤らせた。逆に、側溝の壁すら、埋もれたアスファルトと区別がつかない。

大きなアスファルトの場合、その一端が見えても、大半は泥に埋もれている。すると、その見えている一端が邪魔なだけでも、どかすには全体の上にある土を掘らなければならない。アスファルトが分厚すぎて、割ることも難しいのだ。そうして掘ってみたら、また別のアスファルトが重なってたりする。しかも、それだけ苦労して掘っても、その下に側溝があるかどうかは分からない。しかし、掘るしかない。

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自分も一応、一時はつるはしで掘ってたのだが、ヘタレなんで(自爆)、つるはしを自分より上手く扱える人に任せ、別の仕事に着手した。側溝の壁探しだ。

分かっている側溝の一端とは、そこが一端であろうこと以外、どこに壁があるのか誰も確認していなかった。それなりに掘れてはいるが、掘った傍から泥水が流れ込み、底も何も見えない。足を踏み入れれば、長靴が埋まってしまう。スコップで掘ろうにも、泥水みたいな場所は、ほとんど掘れない。で、地道に手で泥を確実にすくうことにした。

触感に頼ってみると、スコップじゃ分からなかった泥底の感覚から、目には見えずとも埋まっているものの存在を認識できるようになった。で、被さっていたアスファルトやら謎の鉄板などを引っぺがしたら、やはり泥水で目視はできずとも、やっと側溝の壁が触感で認識できた。

ところが、端からこの側溝の両壁を両手で触りつつ歩いてみたら、既に予測で掘られた溝に対し、壁がクロスしていた。つまり、我々が掘り進めてしまっていたのは、途中までは正しかったが、その先は側溝ではない場所だったわけだ。

何か、見つけてはいけない真実を知ってしまったような、そんな感じ(^^;
みんな、一生懸命掘ってるけど...

ということで、リーダーを呼んで報告したところ、やはり側溝より畑側を掘っているということが確認され、方向転換がアナウンスされた。しかし、結局作業時間修了と相成り、修正は間に合わなかった。後は、後日の別のチームが誤った溝に騙されないように、目印などを立てて終わった。

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こりゃ仕方ありませんがな(^^;;
しかし、いまだにこんな、とんでもない未着手の場があることに、最後に驚かされた。

■昼休み
なお、この日の昼食は、市立小友中学校の体育館入口らしき場所でとらせていただいた。
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中学校は、2階途中まで津波を被っており、そのままにされていた。
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教室の黒板には、様々なメッセージが書かれており、興廃した校舎内との対比が、これまた感じるものがあった。
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翌日が卒業式の予定だったんだね。
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やはり、涙もろくなった。

■蛇足1
その他、印象に残ったのは、我々のバスの運転手さんだ。一度、前を走っていたバイクが急に曲がり、事故りそうになったのだが、そのバイクの爺さんに、「津波からせっかく生き残った命を粗末にしてはいけない!」と怒っていた。

この運転手さんはハートが熱く、VCでのバスの誘導が不合理だったりすると、喧嘩しそうでヒヤヒヤもさせられた。しかし、7・8カ国もの国籍が入り乱れたメンバーに対し、日本語で臆することなく話しかけて打ち解ける、素晴らしいハートの持ち主だった。

こういう人に偶然当たれたというのは、幸運なんだと思う。

前半で帰ったアフリカ系難民は、ボランティア活動中は暴走するくらいパワーがあって働くのに、活動後に皆で温泉に行く際はタオルも所持しておらず、当初は下着を着たまま風呂に入ろうとしたくらいで、結構周囲のサポートが必要だった。

難民故かは分からないが、準備不足で所持金が底をついたというか、着替えなども足りず、本来は1週間共に活動するはずだったところを木曜に短縮して帰るようにJARに言われて突然帰ってしまったのだが、活動後皆で温泉に行く際に、そんな彼にタオルをくれたのも運転手さんだった。

よくバスの前で立ち話していたが、もしかすると難民と一番フランクなコミュニケーションをしていたのが、運転手さんだったかもしれない(笑)

■蛇足2
キャンプ中の食事なのだが、当初は花巻のスーパーで弁当でも買うつもりでいた。というのも、前回6月の時に、バーベキューやってご飯担当した学生が、自炊経験ゼロで、米を大量に入れて炊いてしまって大失敗したからだ。皆で作るとなると、色々と面倒だなと思っていた。

ところが今回、一人で何人分でも作ってくれてしまうスーパー料理人がおりまして、朝晩美味しいご飯を毎日格安で振る舞ってもらえた。美味しくて、減るはずだった体重が、増えてしまった(自爆)

彼とは、前半組が帰った後、本来なら一人一テントで寝られたところ、一緒に寝ようよとお誘いを受けた(危ないw)

そしたら、何と寝言で、英語でボランティア活動の指示を出していた!
あれは、「スゲー!」と思った。一生忘れない(笑)

彼の料理あってこその連帯感だったとも思う。

■蛇足3
今回出会ったメンバーの大学生は、素直に関心する、とても共感できる、ステキな逸材もいれば、全然超ヘタレなのもいて、そういう一人ひとりが面白かった。

例えば、1週間キャンプ場と被災地を往復し、キャンプ場の汚ねートイレとか慣れちゃって、このまま東京に戻っても、公衆トイレの便座すら汚くて座れないと言っている友達たちと、普通に会話できるだろうか?と、冗談半分に心配してた僕より20歳年下の女子大生とかいた(笑)

彼女は、瓦礫の分別にしてもいい加減な仕事が嫌いで、とにかく黙々と我が信じる道を行く、ヘッポコな命令に反意を示す立派な古参兵だった。
そのくせ、人生の目標的なやりたい事が見つからないとも嘆く。

まるで昔の自分を(以下略

そんなの18歳なら当たり前じゃんか!と、おじさん、おばさん世代は簡単に思うわけだ。
しかし、そこを悩むのが学生にとっての大きな壁であることは、昔を思い出せば理解できる。

まあ、自分のような人生遠回り組みからすれば、道なんて長いほうが楽しいのだけど、こればっかりは人様にゃ安易に勧められない。

でも、こんな過酷なボランティアに1週間も一人で参加しているような人間は、既に正解出してるんだよね。
高城剛的に言えば、「アイデアと移動距離は比例する」わけだ(笑)
答えが見つからなければ、とりあえず動いてみることが正解の一つだったりするさね。
それに気付いているのかどうかは、あえて聞かなかったけど。


対して男子はだ、持参するパンツの枚数計算間違えて、最後の温泉の後、履くパンツがないと悩んでいるのがいた。一度履いたのをその場で洗って、直ぐに乾きますか?って(^^;

洗えば数十分やそこらで乾くわけないのだから、濡れたまま履くなんて有り得ない以上、一度履いたやつでもそのまま履いちゃえよと答えた。ところが、横の友達に聞いて、二人揃ってそれは有り得ないという結論に。一度履いたのを履くくらいなら、履かない方がマシだと言われた。

えーーーー!
そういうもんなの?
つか、それで本当に洗うか迷ってんの?

いざとなったら女子は生き残れそうだけど、この男子たちは...悩むところ間違ってるだろ(爆)

あと、前回6月に参加した際に一緒だった大学生もいて、自分を覚えてくれていたのは素直に嬉しかったかな。


さて、自分も前進せねば。

週刊ポストが「NHKの「人肉食った日本兵」表現に捏造疑惑」という記事を掲載した。
http://www.news-postseven.com/archives/20110905_30277.html

ニューギニアで飢えをしのぐため、日本兵が友軍同士で共食いした事実があったことは有名だが、これを扱った証言番組で、ネズミを食べた話を人肉を食べた証言になるように編集して捏造放送したのではないかというのが、週刊ポストの記事。

で、NHK嫌いな人たちが、ろくに自分で調べもせずにこの記事に釣られて、NHKが捏造したとする動画とか作ってネットにアップしてる。まあ、全然盛り上がってないけど。

週刊ポストが問題視した番組の動画は、NHKの戦争証言アーカイブスにアップされてるので、誰でも自由に見られるので確認してみた。
問題部分は、以下の動画の23:50からだ。
http://cgi2.nhk.or.jp/shogenarchives/bangumi/movie.cgi?das_id=D0001210027_00000

この内容は、確かに週刊ポストの記事通りの内容で、友軍の死体を食べる話の後に、一度編集が入ってから、「すごい、抵抗感とかもあったんじゃないですか?」という女性の問いかけがあって、生きるためにはしょうがないという話が続いている。

戦争証言アーカイブスでは、番組に関連した証言について、番組で使用されなかった部分も含めて、個人単位でインタビュー動画を公開しているが、週刊ポストの記者はこの証言動画を見て、番組でカットされた部分はネズミを食べた話だと思ったわけだ。

証言インタビューなんてものは、それこそ一人毎に何時間もあるだろうから、それを全て無編集で公開なんぞされては、見る方はたまらない。確かに、番組で取り上げなかった証言も聞きたいけれど、それでも無駄に長いのでは見る気が失せてしまう。なんせ、既に公開されてる証言動画だけで、もう500件を軽く超えている。証言を可能な限り公開することの意義は大きいだろうが、膨大な数の中に貴重な証言が埋もれてしまっては意味がない。だから、証言を歪曲しない範囲で、証言動画も編集されるべきであることは疑いないだろう。

しかし、週刊ポストは、証言動画も編集されていることを認識しながら、そこは軽く流し、こう書いたわけだ。

>アーカイブスを見る限り、一連の証言が「腹が減った兵士たちはネズミを生で食べて飢えをしのいだ」という内容であることは疑いの余地がない。

そして、証言動画に対する上記解釈を前提に、これと異なる編集がされた番組は捏造ではないかと論じた。もちろん、何の証拠もないもんだから、「NHKのドキュメンタリー番組に携わっていた元番組制作スタッフ」の発言という形で。

他人の発言を伝聞形式で紹介するなら、どんな証拠のない話でも許されると思ってるのだろうか?

更に、それでも心もとないのか、仮に番組が捏造じゃないなら、ネズミを食べた話に見える証言動画が捏造になると論じて、言い逃れも忘れていない(苦笑)

そんなに自信がないなら、記事にしなきゃいいのにと思うけどね。
それじゃ、ネットの掲示板とレベルが変わらんではないか。
それを信じて、更にネットに転載するマヌケが出るのだから、どうにもこうにも...


で、流石にNHKが反撃した。
現在、戦争証言アーカイブスのトップページに、「おことわり」という欄を設けて、週刊ポストへの抗議文を公開している。
http://www.nhk.or.jp/shogenarchives/

同時に、当該証言部分のノーカット版を、静かに公開した。
http://cgi2.nhk.or.jp/shogenarchives/shogen/movie.cgi?das_id=D0001100674_00000&seg_number=004

静かにというのは、ノーカット版を公開したこと自体について、NHKは特に告知していないからだ。週刊ポスト同様、証言者に配慮しつつ、自らの正当性を証明する最低限の手段を講じたのだろう。戦争証言プロジェクトのメールマガジン購読者に対しても、週刊ポストへの抗議文の公開の件だけ伝えられた。(自分はこのメールマガジンで知った。)

そして、当該動画の再生テキストの中に、「誤解が生じる可能性があると判断したため、ノーカットで公開します。」とだけ書かれている。お陰で、該当部分が分かった。

見たら分かるが、NHKの週刊ポストへの回答書に、嘘は全くなかった。
番組でカットされていた、証言と「すごい、抵抗感とかもあったんじゃないですか?」という女性の問いかけとの間も、人肉の食べ方の話だった。ネズミの話は、番組で使った証言より前の部分と、女性の問いかけに答えた証言の更に後の部分に出てくる。番組は、完全に証言に従った編集であったわけだ。

週刊ポストからすれば、当初編集されて公開されていたアーカイブスの証言動画が、「最も衝撃的で貴重な人肉食の話を割愛し、ネズミ食の話だけ残すような編集をしたというのも不自然な話だ。」と思って番組を捏造と思ったわけだが、衝撃的であるからこそ、公開に配慮があった可能性に、思いは至らなかったのだろうか。

週刊ポストのように、衝撃的なら記事にして良いとは、NHKは思ってないだけでしょ。

まあ、そもそも、証言動画のページから、クリック一つで番組の動画が見られるわけで、当初の証言動画でカットされていた部分がその番組でしっかり使われているのだから、両方ちゃんと見れば全てが伝わる。

おまけに、元々公開されてた証言動画だけでも、日本兵が友軍を撃ち殺して食べていた事が語られているわけで、殺してないけど死体は食べたという証言者の話より、十分に衝撃的な話が公開されていたわけだ。(まあ、そういう事実があったこと自体は有名なので、新事実でもなんでもないのだけど。)

もちろん、ネズミを食べた話も事実であって、捏造ではない。この方は、人肉を食べたこととネズミを食べたことをシームレスに語っており、両者に対し、最初は抵抗があったという話が掛かっているのだ。(ネズミと人肉が同等に語られていることは、ある意味衝撃かもしれない。)

このレベルを捏造と言い出したら、週刊ポストのこの記事はどういうレベルになるのかね?


まあ、ここまで書いて今更だけど、週刊ポストがどうだとか、NHKがどうだというのは、実はどうでも良いとも思っている。

重用なのは、この戦争証言アーカイブスの存在が、もっと知られるべきなんじゃないかということだ。この番組で取り上げられた連隊の方々の証言は、どれも貴重だ。辛い証言を、実名で番組にしたり公開することを承知してくれた方々の思いを、無駄にしてはいけない。日本人なら、見るべきだとも思う。

以前からそう思っていたのだけど、今回の記事をきっかけに、その思いを強くしたので、今回ブログで取り上げてみた。

もちろん、実名で証言して下さった方々に対し、これを責めるようなことがあってはならないし、週刊ポストの記事にもあったように、そっとしておいてあげるべきだ。週刊ポストは、とっとと謝罪しちゃいなよ。この問題が訴訟にでも発展したら、それこそ証言者に申し訳ない。

そうすれば、こんな記事がきっかけでも、戦争証言アーカイブスの存在が広く知られることになれば、意味があったと思う。

衝撃的な証言も沢山あるのだけど、それだけではない。面白いと言うと語弊があるけれど、興味深い話も埋もれている。暇な時間があれば、色々検索して見ることをオススメしたい。

東京は、被災地支援のために被災者意識を持つことは、重用だとは思う。電力供給源の原発が壊れたという意味じゃ被害があるし、確かに地震で死者も出た。しかし、いわゆる復興が必要というほどの物理的損害は少ない。東北はもとより、お隣の千葉と比べても、「被災地です」なんて言えた柄ではない。食の不安の問題は、東京が地方の食材に依存しているからだし、放射性物質の影響も、電力使用が不便なのも、東京の被害の直接の結果ではない。経済的損失は、間接的なものだ。

そんなところで、東京が「復興五輪」なんて言うのが、正直、都民として恥ずかしくてしょうがない。

前回招致失敗した時も、招致賛成してる都民に会ったことがなかった(話題になると、誰もが馬鹿にしていた)。今だって、やるにしても東北主体なら分かるが、東京が主体になることを不思議がっている意見が大半ではないか。

津波が日本人の我欲を洗い流すと言って4月に再選した都知事は、どうしてそこまで、オリンピックを招致したいという我欲を捨てられないのだろうか。

東京自体に大義がないのに、被災地の皮を被って同情を買ってまで、どうしてオリンピック招致したいのか、理解できない。高度経済成長期からバブルまでドップリ堪能した世代って、欲深くなっちゃうものなのだろうか。それとも、人間、歳をとると、厚顔無恥になるってやつか。

関係ないのだけど、ふと昔、新宿西口で傷痍軍人の格好で物乞いしている人を、「偽物じゃないの?」と冷ややかに眺めていたのを思い出した。


前回、2016年の招致に失敗した時、都知事は
http://www.news24.jp/articles/2009/10/04/07145004.html
「他国のプレゼンテーションに比べて、格段に良かったと思うが、得点につながらないという裏に見えない力学が作用するのかな」とか、フランスの戦闘機購入と引換えにブラジルが買収工作をしたとか、ペラペラと負け惜しみを口にして、それが国際的にニュースになって、反感をかった。

『リオが"石原発言"に抗議 「ブラジルを侮辱」』
http://www.47news.jp/CN/200910/CN2009100601000869.html

こんな形でIOC批判をした人間が、どうやったら再評価されると思っているのだろう?

答えは簡単。
都知事は、前回の失敗から学んだことを生かすと言っている以上、買収工作という見えない力学とやらを活用するわけだ。正攻法じゃ勝てず、買収工作に負けたと公言しているのだから、学んだ手法とは他にない。

是非、記者の人には、記者会見とかで都知事に質問して欲しいポイントだ。
買収工作にいくら予算を?」とか(苦笑)

で、「都は汗をかいて金も出す、施設もつくるから」とか言ってる。
http://www.afpbb.com/article/sports/sports-others/sports-others-others/2813460/7507098

他の新聞じゃ、「都が汗をかいて血みどろになって金と施設をつくるから」とも表現されていた。

既存施設を使いまわすって話が吹っ飛んでるのもアレだけど、やっぱ、今買収に使う金があったら、そのまま復興に使って欲しいよ。

買収工作でオリンピック招致できて、都知事の我欲は満たされるとしても、本人は開催まで生きてるかどうかも分からないのに...キモイなぁ。

今、都民としては、気持悪さと恥ずかしさが同居した、キモハズイという不思議な気持ちだ(涙目)

前回の続き。

さて、今回参加した難民支援協会(JAR)の陸前高田における被災地ボランティアは、金曜夜に仕事を終えて参加し、月曜は早朝に戻れるのでそのまま出社できる。とはいっても、流石に月曜は有休という人が結構いた。ボランティア休暇があるという人も。
(学生の参加者も多かったのは、金銭的な理由が大きいのかもしれないが。)

しかし、JARのHPを見れば分かるが、参加は何も、金曜からの3泊4日(車中2日)だけではない。もう一週間いて翌週帰っても良いし、そもそも交通費を払うつもりなら、往復に手配されたバスに乗らずに、平日だろうと自腹で行って、現地でJARのボランティアに合流できる。(なお、平日のボランティアは人数が激減してしまうそうだ。当たり前だけど。)

だから、今回も行きと帰りの人数は違ったし、現地で前週から活動してる人とも合流したし、活動後の日曜のうちに新花巻から自腹で新幹線で帰ることもできる。説明会への参加と、事前の参加申込みや合意書の提出などをちゃんとしていれば、日程は自由なわけだ。

長期参加できると、現地で可能なボランティアの内容も色々あって、災害ボランティアセンター(VC)での仕事もあったりする場合がある。毎日やってくる個々のボランティアへの対応や、ボランティアと被災者を結ぶマッチングなども、これまたボランティアが入っている。

また、女性の被災者への対応のための、女性限定のボランティア活動もあることがあり、行きのバスの中で希望者を募っていた。

被災地でのボランティア活動とは、力仕事ばかりではないわけだが、長期活動して現地VCと信頼関係を構築できているNPOの活動に参加することで、個人の参加とは違うことができる可能性があるということだろうか。これは、一つのポイントだろう。


では、実際に参加して感じたことを。

■準備段階
まず、マスクについて迷った。
少し前のニュースでは、家屋からのアスベストをボランティアが吸い込んでしまう危険が話題になっていた。マスクは用意してくれるとはいえ、顔にフィットしないと意味がない。様々な種類もある。だから、防塵マスクがどんな形態のものか気になっていた。

結果としては、N95の折りたたみ式の使い捨て防塵マスクが配布され、使いやすかった。しかし、以前も参加したという人の話では、以前は違う種類のマスクだったとのこと。つまり、特に種類は決まってないようだ。作業中、マスクが息苦しいと外してしまう人もいたのだけど、配布されるマスクが合わずに外してしまうくらいなら、自分に合ったマスクを持参した方が良いかもしれない。どういう現場に派遣されるかによって、マスクの必要性が低い場合もあるけれど、活動内容はVCの指示次第なので、気にし過ぎない程度に気をつけるしかないとも思う。
--
>追記
現在は、マスクは参加者負担に変更となったとのこと。最低限、顔の大きさに合わせてサイズくらい気をつけて選ぼう。
--

また、服装も悩んだ。
作業の安全のためには、長袖が必須ということになっている。が、晴れた日の外での力仕事なら、長袖はきつい。しかし、夜のテントは寒そうだ...荷物を減らしたいのだけど...

結果として、Tシャツと、その上に長袖で頑張った。特に日曜が暑かったのだけど、Tシャツで活動する人も多く、その一人が軽い怪我をしていた。擦り傷で、長袖なら防げた感じ。まあ、これから夏の長袖はムリというのも分かる。正解はないけど、軽装なら余計に気をつけるしかないってことで。

それから、個人差はあるにしても、耳栓を持参すべきかと(^^;
バスで寝るにも、テントで寝るにも、耳栓がないと寝不足になるかもしれない。キャンプ地に到着すると、テントで一緒になる面子を自由にその場で決めるのだけど、幸い自分のテントの皆は静かでも、他所のテントの声もかなり聞こえるので、イビキ対策はおすすめ。

■1件目
依頼者の家の周辺の、土砂と瓦礫で流れなくなった排水路を復活させる。土砂は土嚢袋に詰め、刈った雑草や瓦礫と共に道路沿いに山積みし、回収できるようにする。

リーダーから簡単な指示をされただけで、誰も文句言わずに、各自が手にした道具で、ひたすら重労働をする。一輪車(猫車)を使ったのなんて、高校の野球部のグランド整備以来かもしれない。午後になると、ちょっとしたことで息があがってしまい、最近のヘタレ生活を反省しつつ、みんな凄いなぁと関心。

瓦礫と言っても、やはり色々なものが出てくる。「MY ALBUM」と書かれたCD-ROMや、フィルム、ビデオテープ、レコード、写真など。思い出の品は別にして、後でVCにサブリーダーが引き渡していた。

また、あまり適切ではないが、休憩する都度に依頼者のおばさんが様々なもてなしをして待ってくれており、ご好意に甘えさせていただいた。というか、断れる状況にない(^^;

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20人もいるのに、一人2つ分のお餅を焼いて持ってきてくれ、イチゴを潰して牛乳かけたり、昼には味噌汁、更に様々な果物をヨーグルトに入れて...美味しい!

でも、おばさん、そんなに気を遣わないで!

別の近所のおじさんからも、どこから来たのかとか聞かれて、応えると突然お礼を言われてしまい、何と言葉を返して良いのか戸惑ってしまった。道ですれ違う人からも、ありがとうとお辞儀をされてしまう。こちらこそ、こんなことしかできなくて申し訳ないです。

■2件目
依頼者の家の周辺の瓦礫と、室内のあらゆるものを捨てて欲しいと。

外の瓦礫はともかく、所有者の明確な家に土足で上がって家財道具を捨てるというのは、やはり違和感がある。依頼者のお婆さん曰く、必要なものは全て運び出したので、残っているものは全て捨てて良いというのだけど、津波をかぶってないものもあれば、高そうな品、何かの記念の品だの、普通なら捨てないようなものが沢山ある。最初の頃は、お婆さんに皆が確認を取っていたけれど、ついには「1000万円出てきても聞かないで捨てて良いから(笑)」と言われてしまう。一つ一つ聞かれてしまえば、どれも思い出があって捨てられなくなってしまうけど、これ以上持って行けないのだから、聞かずに捨ててくれと。そっか...

その家は、取り壊しは決まっているのだけど、解体業者の順番待ちで、年内に壊してくれるかどうかも分からないという状況だそうで、つまりはそれまで、住めない家の建っている土地をどうしようもない。どうしようもない話を聞いてしまうと、なんとも切ない。

しかし、とにかく喜んで、色んな話をしてくれる。津波が来た時の危機迫る話から、避難所で10日ほどしてから、孫がお菓子を食べたいと言い出した話。瓦礫に埋まった車に東京の美味しいお菓子が入ってたと言ったら、皆で掘り起こそうという話になって、掘り起こしたら車が壊れてなくて、孫はお菓子で喜んで、自分は今も車に乗れている。お菓子のお陰で、車を諦めなくて良かった(笑)とか。

そんな話をしている場所から、昼休みにちょっと歩いてみたら、家の形すら残ってない、広大で、言葉も出ない風景が広がっていたのだが。

■3件目
海岸線が後退した海の近く、入り込んだ海水の大きな水溜りと瓦礫の山が入り組んでいる場所で、瓦礫の山を、回収できるように道路沿いに移動させる。

地図なら、目の前は陸があって道路が通っているはずのところが、海になっている。自分のemobileのスマホで、GPS使って地図見たけど、目の前の風景とのギャップから、通信に失敗して地図が更新されてないのかと思った。バスも、ここに辿り着くのに道に迷っていた。

海水の水溜りに瓦礫の角材で近道を渡し、何度も往復。瓦礫の山は、家電や寝具、網や板切れに、何やら長いパイプや、一人じゃ持ち上がらない丸太まで、色んなものがスパゲッティー状態。3・4人で担げるものは良いのだけど、どう頑張っても動かせない太さの丸太も。VCで借りてるノコギリで切れるような太さでもない。チェーンソーが必要じゃないかと思った。ところがその丸太は、留学生と難民が、ロープを上手く使って担ぎ棒を通し、見事に運び出してくれた。

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■気になった点
まず個人的に驚いたのだけど、そもそもJARの活動に関して理解してない参加者が多かった。(それが悪いという意味ではない。今回は被災者支援なので、それで構わないのだろう。)

が、日本の難民問題を知らない参加者からは、難民と普通に友達のようになって、メアド交換して、今度飲もうみたいな話が聞こえてきてしまう。JARからは事前に、ボランティア期間中の難民との接し方について確認事項が提示されており、ボランティア活動以外で個人的関係につながる行為は、一応禁じているのにだ。(難民の方々は色々な問題を抱えている場合があるので、個人的に問題に関わってしまったりすると適切ではないと言われている。)

参加者は、難民に対する最低限の理解をしておく必要があると思うのだけど、JARの説明や配布資料は控えめで、どうも伝わってないのではないかな。

JARが、被災地支援活動にかこつけて難民支援を積極的に宣伝しようという意思がないのは、とても良い姿勢とは思うのだけど、結果として確認事項も参加者に忘れられてしまうなら、もう少し難民問題を主張してみても良いのかもしれない。(逆に、難民問題を知らない人こそ、普通に接することができるという見方もあるかもしれないが。)

次に、被災地での写真撮影について、かなり気を遣った。事前に、リーダーから厳重注意もあったが、ボランティアに来たのか写真撮影にきたのか分からないような、撮影ばかりしていた酷いボランティアの話が、一つの伝説のようになっているようだ。

しかし、写真撮影を一律に禁止するというのも行き過ぎな話であって、休憩時間に、節度を守った撮影は良いだろうという意見も出た。依頼者とうちとけて、別れ際に一緒に集合写真も撮ったりもしていたが、撮影の前に相手の許可を得るくらいの気遣いは必要とされていた。

このブログもそうだが、現地の今の様子を他人に伝えることは、無駄ではないと思っている。活動中は撮影せず、休憩時間や活動終了後、バスでの移動中等に写真を撮った。

なお、共にボランティアをする難民の顔写真の撮影、ブログ等への掲載は、難民問題の特殊性から、本人やJARから同意を得た以外は、確認事項として禁止されている。(自分も、このブログも含め、Twitterの情報発信についても、ボランティア参加申込みの段階で、JARに申請している。)

ま、あんまりこういうことを書くと、ボランティア面倒と思う人が出ると困るのだけど、まだまだ被災地は人手不足なんで、今からでも遅くないので、なかなか準備が大変だと思って躊躇している人は、JARのボランティアに参加することは、とてもおすすめする。

■蛇足
被災地にゴミを増やさないため、自分が出したゴミは、極力持ち帰った。帰りにバスが止まったサービスエリアのゴミ箱からは、大量にゴミが路上に溢れており、サービスエリア全体に異臭を漂わせていた。あれが、ボランティア帰りに捨てられたものでないことを祈る。

陸前高田へ

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久々の更新です。今年は某受験は回避しました。ヘタレです。

ヘタレなんで、なかなか体を動かすボランティアは出来ずにいたけれど、このブログでも過去に登場した難民支援協会(JAR)が、東日本大震災後からは震災支援活動も行っており、やっとこれに参加し、今その帰りのバス。

難民支援のNPOが、何故震災支援をするのかと疑問に思うかもしれないが、日本在住の難民の方々から、是非とも被災地でボランティア活動をしたいという要望が多かったそうで、それに応えた形で実現したそうだ。新聞やTVで、被災地でボランティア活動する外人が何度か取り上げられているが、その中にもJAR経由の参加者がいるようだ。
(まあ、今回は普段別の活動をしているNPOが震災支援も行う例は、日本ユニバの件などもあり、珍しくないのだろう。)

とは言っても、参加者を難民に限定しているわけではなく、広く一般に参加募集をしている。日本人だろうと外人だろうと関係なく参加できるが、難民と共に活動をする点が、JARの震災支援ボランティアの特徴と言える。

難民の方々というのは、それぞれ複雑な背景があるので、彼らと行動を共にするには、難民問題に関するそれなりの理解が必要だ。ちょっと古くてリンクも切れてる部分があるが、以下のエントリーなど多少は参考になるだろうか。
http://maruko.to/2009/03/post-10.html

そういった前提条件をクリアーしているとして、JARのボランティアに参加するとなると、以下の部分をJARが用意してくれる。

・東京からの花巻までの往復バス
・花巻のキャンプ場から被災地への往復バス
・ボランティアに必要な道具(長靴、軍手、マスク、ショベル等)
・テント、寝袋、キッチンセットを含むキャンプ道具
・ボランティア保険(天災Bプラン)

活動場所は陸前高田だが、キャンプ地は花巻と、ちょっと遠い。これは理由はあるのだが、今後はもう少し近場への移動も検討しているそうだ。


大きな地図で見る

まあ、とにかくある意味お得だ。お得な必要は無いがこれで参加したいという人は、別の形でその分寄付するとかありかもね。まあ、応募者多数の場合は、選考もあることになってるけど。

(自分の場合、JARには本来の難民サポートの他に、震災支援活動に対する寄付も別口でしているので、結局自腹を切っている以上に、何か不思議な感じだ。お前、仕事辞めて無職になってるのだから、他人に寄付してる場合じゃねーだろというつっ込みは禁止(笑))

後は、自分で持っていくのは
・食料(自炊or花巻のスーパーで調達可能)
・常備薬
・防寒具を含む自分の服
・入浴用品(有料の温泉がある)
・ポケットライト

あとは、電源の数が少ないので、携帯の充電方法を準備する、程度ということになる。つまり、かなり身軽で済むので、週末に気軽に参加できるだろう。

詳しくは、以下のJARのサイトを参照のこと。
http://www.refugee.or.jp/event/2011/06/13-1127.shtml

事前の説明会に参加し、いくつかのJARとの合意事項について書類提出を要するので、いきなり当日から活動には参加できないので、要注意。

また、今のところ7月まで予定が発表されているが、もっと先も予定はあり、夏休みになれば学生の参加者が増えるだとうとのことだ。

と、ちょっとこれだけで長めになったので、現地の話はまた後日。

なお、ブログに書きますよとは、事前にJARに伝えてあります。

>追記
「ボランティアに必要な道具」は、参加者負担に変更になったそうです。ご注意を。

先日、ネオンサインを禁止にしろという、都知事の発想のベクトルがおかしいのではないかと、以下のように書いた。
http://maruko.to/2011/03/post-110.html
>現代版「欲しがりません勝つまでは」に、血が騒いでいるのなら、ちょっと落ち着こう。戦時下の灯火管制が無意識に懐かしいのかもしれないが、そんなノスタル爺じゃ困る。

この時点では、都知事が戦時中を懐かしがっているのではないかというのは、推測に過ぎなかった。ところが、都の管理する上野公園の「桜まつり」中止、花見宴会自粛要請などが始まり、その理由を都知事が以下のように語った。

http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2011032900919
時事ドットコム(2011/03/29-19:12)
-->
石原知事は「今ごろ、花見じゃない。同胞の痛みを分かち合うことで初めて連帯感が出来てくる」と指摘。さらに「(太平洋)戦争の時はみんな自分を抑え、こらえた。戦には敗れたが、あの時の日本人の連帯感は美しい」とも語った。
<--

正に想像通り、戦時下の日本を美化して懐かしがって、現代の都民に同じ思いを強制しようとしているわけだ。

お断りしますm(_ _)m

若かりし頃の思い出にひたるのは、そりゃ個人ではご自由にどうぞ。
だけど、勘違いにも程がある。

先日、都知事がハイパーレスキューを兵隊に例えたのも違和感があったが、この震災は戦争じゃない!

震災が起こったので自分の宿命だなと思って」都知事選に出馬したというくらいだから、この状況を何かのチャンスと思ってるのだろうが、あなたが懐かしみ再来を望む、戦時下の美しい日本人なんて真似たら、復興が遠のく。

大体、都知事選出馬を決めたのは地震の前だったのに、後から起こった震災を宿命と思って出馬したなんて言ってしまうのは、既に何らかの記憶障害なのかもしれない。しかし、もう78歳なんだから、それくらいは仕方ないとも思う。

が、今の東京に必要なのは、戦時中モードじゃなくて、戦後の復興モードですから!

戦後の復興してる時に、花見宴会を自粛なんてしてないだろ?

都知事である以上、そこの重大な勘違いは、78歳であっても許されるレベルじゃない。

もちろん、原発の状況が収束していない点は、まだまだ復興モードではないとも言える。しかし、東京の住人が原発という人災の被害にばかり目が行くのは、東京が地震と津波の直接被害が少なかったからであって、多大な直接被害を受けた被災地の人々への配慮が欠け、彼らが既に復興モードにシフトして歩みだしていることへの想像力が欠如しているからに他ならない。

中止された桜まつりの中には、期間中のグッズ販売の売上げを被災地への義援金にしようと準備されていたものもある。単に経済活動を阻害するだけでも復興支援を妨げるが、自粛という反論の困難な大義名分で、直接的な義援活動まで邪魔をして、一体誰が得をするのだろう。

都知事や、同じ戦時中の記憶を持つ年代の人々は、ノスタルジックな思いが満たされて満足するのだろうか。


早速、ニューヨーク・タイムズが反応したようだ。
http://sankei.jp.msn.com/world/news/110329/amr11032920100008-n1.htm
-->
 同記事は自粛が過剰になっていることを示唆し、企業や学校の行事のキャンセルが日本の経済全体の60%に及ぶ消費支出を大幅に減らし、「もともと停滞していた日本経済に浸食効果をもたらし、倒産を急増させるだろう」と述べている。
 また「東京都民にとっての自粛は被災地の人々との連帯を示し、自粛をする側を何か良いことをしているという気分にさせる安易な方法だ。しかし、当人たちは実際にどんな効果をもたらすかはあまり考えていないようだ」とも論評した。
<--

指摘が正しすぎて、ぐうの音も出ない。

自粛という負の同調圧力の無意味さ、有害さは、若い世代はよく理解しているように感じる。自粛とは、第三者の自己満足に過ぎない場合が多いことを。

思うに、被災地でやっと復興に踏み出した人々は、東京の人々が自分たちに合わせて活動を自粛して欲しいとは思っていないだろう。むしろ逆に、花見だろうと宴会だろうと活発な経済活動を続けて、早くこの悲惨な状況からの脱出の手助けをして欲しいと思っているのではないか。


さて、都知事選挙は自粛しないそうだが、都民は、戦時中モードの老人に今後4年間を託し、あらゆるイベントを中止・自粛し続けるつもりだろうか。後になって、他の候補者に選択肢がなかったからと言ったところで、言い訳にならない。少なくとも、「欲しがりません勝つまでは」では、最初から復興支援を諦めるようなものだ。

東京都副知事のブログを拝見し、疑問が沸いてしまった。

「福島原発の放水活動で東京消防報告。今後の教訓にしたいこと。」
http://www.inosenaoki.com/blog/2011/03/post-8bab.html

この副知事のブログは、前線本部が現場を理解しておらず、現場が前線本部よりも事態を把握していることを前提に書かれている。というか、そう伝わるように、文章が仕組まれているようで、なんだかおかしい。

例えばこれ。

>地震発生当初は現場と前線本部をつなぐ、無線の状態が悪く、現場の状況がよくわからないようだった。

地震発生当初って、いつの話だ?
つまり、前線本部が現場を把握していなかったのは、ハイパーレスキューが原発周辺に展開した時点の話ではない。今回の出動よりはるか前の関係ない時点での話を、ここに盛り込む意図とは?

> 現場を知らない本部の人達から、東京消防庁が現場で判断した方針を変更するよう度々要求された。

本部が現場を知らないという決め付けは、どこから来るのだろう。
20キロ離れているからか?

ハイパーレスキューは、単に現場にいるというだけで、本部よりも原発の危険性を理解した適切な判断ができたのだろうか?

ハイパーレスキューの隊員は、普段からNBC災害に備えているとはいえ、福島の原発の状況を現場で把握できるような訓練はしてないだろう。敵が目に見えないことが恐怖だったと、TVでも答えていたではないか。

それでも、客観的に様々な観測値など情報を得ているであろう本部より、現場の隊員の判断が正解とは、とても言い切れまい。

もしも本部とやらが、現場から20キロ離れていようと、原発に関して最も信頼できる判断が可能(でなければ困る)なら、つまりは本部とやらが事態を一番理解していたとするなら、以下の解釈も変わってくる。

>放水は当初4時間の予定だった。その後状況を勘案し、必要に応じ再度放水することにしていた。しかし、連続して7時間放水し続けるよう執拗に要求された。結果として、7時間放水することになったが、そのため2台ある放水塔車のうち1台がディーゼルエンジンの焼き付きにより使用不能となった。

この日はエンジンが壊れようとも、放水を続ける緊急的な必要性があると、本部が判断したのではないか?
現場で情報不足な隊員には、エンジン故障よりも優先されるべき事情を理解できなかったかもしれないが。

以下の事実も、別の解釈が可能だ。

>東京消防庁にて海から放水塔車までの給水ホースの設置ルートを800メートルの最短距離で、設定していたが、遠回りにするように執拗に要求された。

最短ルートが最適とは、どこにも書かれてない。わざわざ迂回ルートを要求される理由とは、現場では目に見えていない放射線の影響などを本部が考慮し、影響の少ないルートで隊員の人命を尊重した可能性はないのか。

もしくは、本部が想定しているその後の作業上の問題などもあって、最短ルートでホースを設置されてしまうと、後々困る事態が想定されたのかもしれない。

副知事は、理由もなしに遠回りを要求されたとは書いてないし、その本部の判断が合理的である可能性など、いくらでも想定できる。

>「俺たちの指示に従えないのなら、お前らやめさせてやる」の発言もあった。

現場が、本部が把握している状況を理解しない結果として、最短ルートや、短時間の放水を繰り返せば良いと勝手に判断していたのなら、辞めさせると言ってでも、指示に従わせなければならない理由が、本部には十分に考えられる。(その権限はなく、酷い発言ではあっても)

仮に指示に従わなかった結果でも、隊員に死者が出てしまえば、大変センセーショナルなニュースになってしまうし、本部の責任は重い。また、放水を続けない結果として、原発の状況が極めて悪化する蓋然性が高いと判断したのなら、故障の可能性があっても放水を絶対に続けさせなければならない。(放水しても悪化したのだから)

つまり、極めて合理的な理由の存在は、簡単に推測できる。

もちろん、これが平時なら許されないだろうが、指示を絶対に守らせなければならない状況というわけだ。

しかし都知事
http://www.asahi.com/national/update/0321/TKY201103210345.html
>「言う通りでなければ処分するなんて(言っても)、絶対に兵隊は動かない」
(asahi.com 2011年3月21日22時44分)
と言ったそうだ。

ハイパーレスキューは「兵隊」なのか?

むしろ兵隊なら、本部の命令に従わないことこそ、有り得ない話なのではなか。
理不尽な命令でも、従わなければならないのが、兵隊だろう。
都知事は、非常事態に舞い上がって、ハイパーレスキューが兵隊に見えるのかもしれないが、同時に平和ボケしている。
ハイパーレスキューは兵隊ではないからこそ、理不尽な命令に従う義務がないし、だからこそ平時の感覚で、「処分」発言が理不尽だと、非難できる。

>職員の命を預かる隊長としては、現場をわかっていない人達に職員の命を預けるわけにはいかない。

つまるところ、本部を隊長が信用していない/信用できない、という問題に尽きるのではないか。

>消防庁は、自衛隊の指揮下に入ったが、現場の自衛隊員と消防庁の職員とはお互いに協力して、事態に当たった。

自衛隊の指揮下に入ったなら、本部と東京消防庁の間には自衛隊が挟まってるはず。命令を無視できない自衛隊の下に、命令に従う義務のないハイパーレスキューが加わることの不具合もあるだろう。少なくとも、報道で名前の上がっているような、海江田氏が直接ハイパーレスキューに指示する場面こそ、想像が難しい。(別に、海江田氏を擁護する気はないけどね。)


まあ、とにかく、本部ってのがどんなのかが分からんとね。
本部の判断が不合理であると言える事実が、見当たらないのだよな。


なお、都知事の普段からの言動からすれば、発言を鵜呑みにできないのは都民の常識だし、彼は4月10日の都知事選の候補者であることからして、パフォーマンスの要素を排除できないと考えるのが、とても合理的な解釈だ。

先日、天罰発言を撤回し謝罪したばかりで、イメージアップが必要なのだろうが、無能な政府を攻撃する首都東京のリーダーというイメージは、とても効果的だ。だが、天罰発言の時に彼自身が記者に言ったように、言葉尻を捉えてセンセーショナルな話題にするのは、いかがなものかね。

都知事としては、「涙ぐんで慰労」したところまでで、十分だったのではないかな。

ハイパーレスキューが理不尽な現場に投入されたことも、その責任を立派に果たしたことも、国民は理解しているのだから。


>追記
先ほど、自由報道協会が都知事の記者会見をやっていた。
http://twitter.com/iwakamiyasumi/status/50125143611158528
つまり、ハイパーレスキューを送り出す時の涙が報道されず、天罰発言を打ち消せなくて悔しかったみたいだ。今回は、派手に騒いで報道されて、良かったね(苦笑)

日本人というのは、奇妙なもので、計画通り停電にならないと、怒る人が出てくる。本来なら、停電をせずに済んだのだから、ラッキーと考えるものだと思うのだけど、とかく目的と手段を選別できずに手段が目的化する国民性が、ここでも威力を発揮しているようだ。

つまり、計画という手段が達成されないと、突発停電防止という目的が達成されても評価されない。

東京電力は、そういう国民性を前提に、「計画」から「予報」へと、名称を改めると良いかもしれない。気象庁の「天気予報」と同様だ。あれが外れても、怒る人は稀で、せいぜい「傘持ってきたのに邪魔になった」くらいの話で済む。だから、東京電力も「停電予報」もしくは「電気予報」と言えば、「予報なら外れても仕方ない」、「予報外れて停電にならなくてラッキー」と、少なくとも一般市民は柔軟に思考できるだろう。

何しろ、計画停電というのは、停電の計画ではなく、停電の"可能性"の計画なのだ。可能性まで計画的につきつめようと努力するなんて、日本人らしくて泣ける。しかしそれは、本質的に予報に過ぎない。


考えてみれば、普段から、近所で電気関係の工事が予定されていれば、電信柱や回覧板、チラシ等で「停電のお知らせ」がアナウンスされるが、あれだって、必ず停電になるとは限らない。

ビルの定期検査などがあれば、事前に管理会社から停電のお知らせが来るが、あれも必ず停電になるものではない。

しかしユーザーは、一応心の準備をし、PCをシャットダウンしたりと、それなりに振り回され、かつ、ある程度仕方ないと理解する。そして、停電が生じなければ、「な~んだ」程度の話だ。

もちろん、某都知事の言うように、
http://www.metro.tokyo.jp/GOVERNOR/eq2011_tomin5.htm
工場などは操業停止を余儀なくされる問題が生じるので、「予報じゃ仕事にならん!」だろうが、そこは、東京電力とそのユーザーである個々の法人顧客との契約の問題ではなかろうか。

仮に、法的に国がアクションを示すとしても、せいぜい、国が認めた特定の産業への電力供給を"優先"することを義務付ける程度で、その他のユーザーは、「電気予報」の範囲で自主的に節電を意識して生活すれば良いのではないか。(もちろん、生命に関わるような場合は別にして)

間違っても、都知事の望むような、
「強制力をもってネオンサインを使用禁止にする」
ようなことがあってはならない。

都知事は、何かベクトルの方向がオカシイ。

ネオンサインを使用禁止にすることが「合理的な「電力使用制限」」というのだけど、国家権力で強制することと自主的な判断に任せることの間には、超えてはいけない大きな壁がある。インフラとは言え、東京電力とユーザーとの間の契約に、国家は第三者だ。

基本的に、物作りをする産業は優先で、それ以外は優先度の低い産業だという、職業差別が発想の根底にあるのかもしれない。非常時だから許されると思っているのだろうけどね。(まあ、自分の経験から言うと、CG制作会社だって停電はかなり困るけど、都知事は興味ないだろう。)

国民を信用せず、何でもかんでも規制しようとするのは、彼のお決まりのパターンだが、とにかく目に付いたものから、よく考えずに強制的に規制しようというのは、本当に老害でござる。

現代版「欲しがりません勝つまでは」に、血が騒いでいるのなら、ちょっと落ち着こう。戦時下の灯火管制が無意識に懐かしいのかもしれないが、そんなノスタル爺じゃ困る。

これからの復興のために、日本の経済活動を停滞させてはならないのであって、可能な限り日常を続けることこそが重用なはずだ。(もちろん、日常を続けるという意味には、非常識に無駄な買い占めをしないことも含む。)

確かに、ネオンサインの必要性は高くないかもしれないが、そもそも自粛している店は多いし、自粛しなければKYとして客足が離れるだろうから、それで十分ではないか。

先日、都知事は東京国際アニメフェアを中止と決めた。国際的に、東京が危機的状況にあると宣伝してしまったようなものだが、これは確かに安全面からの問題もあるので、まあまあ理解できる。しかし、加えてネオンサインを禁じることは、まったく次元の異なる問題であることを、よく考えて認識すべきだ。

ネオンサインを統制したら、次は何?
ネオンサインだけじゃ、済まないでしょ?

しかし、そんなことを言うと、被災者の方々が苦労しているのに「不謹慎」だ、と言い出す輩が出てくるかもしれないが、これほど忌むべき、負の同調圧力はない。

何しろ、東京電力が計画停電をしなければならないのは、被災者の方々への配慮とは無関係だ。福島で事故っている原発は、福島に電力供給するものではなく、正に東京等の関東のための施設であって、それが原因で関東の電力が不足するのは、自らの問題に過ぎない。だから当初、関東の被災地までが停電対象に含まれていて、後から問題視されて除外された。

つまり、家を失って避難していなくとも、関東は津波の被災地であって、被災者自身の行動に「不謹慎」ということの不毛さといったらない。東京電力にとって、外形的に被災していようといまいと、同じ原発の電力を利用していたユーザーであり、ユーザーである以上、当事者なのだ。原発に反対していたかどうかは、関係ない。

ところが、当事者意識が欠如しているのは、東京都自身という問題がある。統一地方選は、被災によって困難な地域は延期できることになったが、東京都は選挙やる気満々なのだ。
http://www.h23tochijisen.metro.tokyo.jp/

4月10日って...もう直ぐじゃん!
こんな非常時に、まともな選択なんて出来ませんがな!!

国は、国難だと思っているなら、そもそも全国一律に延期すべきだったし、少なくとも当事者の東京は、延期を求めて名乗り出るべきだ。

今は、避難する人々を受け入れ、救援することで精一杯で、選挙どころじゃありません!てね。
全力で支援するなら、選挙の余裕なんて、ないんじゃないの?

え?選挙なんて不謹慎?(爆)

いずれにしても、こんな状況で選挙やったって、非常時にリーダー交代なんてすべきじゃないという理由だけで、現職有利やんけ!

...それか!!!(自爆)


今後、長期的な復興を成功させるためには、メンタルがダークサイドに落ちないように、計画停電を明るく楽しむべきだから、ヤシマ作戦が盛り上がったことはとても良いことだと思っている。アニメで難局を楽しんで乗り越えるなんて、クール・ジャパンじゃないの?

都知事は、アニメや漫画は規制の対象としか思ってないのだろうから興味ないだろうけど、ネオンサインの節電まで規制の対象にしちゃったら、せっかく国民が自主的に節電している団結心のようなものが、単に強制された結果になってしまう。それで良いの?

都民としては、危機感を煽って国民の自由を制限するのではなく、21世紀の日本を楽しく盛り上げるビジョンを提示してくれる、若いリーダーを、もっと後でゆっくり選択したいのだけどなぁ。


ま、困難な状況ではあるけれど、計画停電に限らず、支援も復興も楽しもうよ。


>追記3/23
「計画停電地域は3月26日から25グループに細分化--東京電力」
http://japan.cnet.com/sp/eq2011/35000753/(cnet Japan 2011/03/22 22:45)
予報マークが導入されるとのこと。
やはり、自分と同じ発想の人がいたようだ(^^;

一昨日、信用できると書いた、日本ユニバ震災対策チームが、情報発信を続けている。
http://maruko.to/2011/03/post-108.html

Facebookが、活動報告の場になっている。
http://www.facebook.com/nucct

その情報公開担当&ボランティア採用担当がこの方。
http://twitter.com/kemori63

Facebookでは、以下のボランティア説明会情報が掲載されていたが、もう時間が近いので、勝手に転載しておく。
-->
明日ボランティアの方向けの説明会を開催します。
日時:明日3月19日(土)13時~14時
そのまま作業をお手伝い頂く方もいらっしゃるかも知れません。
場所:東京都千代田区神田錦町3-21ちよだプラットフォーム 2F
地図:http://bit.ly/eeh1Yg

主な作業
1. 被災地向けのドライバー
2. 荷物を受け取り、仕分ける係
3. 電話対応 (秘書および電話業務経験者が望ましい)
4. メールの回答
5. 翻訳(Webサイトの翻訳、英語・中国語およびその他の言語)
6. 写真の撮影 あるいはWebサイトの制作
<--


その他、支援物資を送りたい人は、以下もよくチェックを。
http://www.ud-web.com/oshirase3.htm
http://www.npo-uniken.org/shinsai_busshi.html
衣類等は、一時受付けを中止しているようだ。

昨日の様子が、動画で公開されていた。


なお自分は、面識もない日本ユニバ震災対策チームについての情報の錯綜を整理して、少しでも助けになればと勝手連的にここに書いているだけなので、ご注意を。一応都民なのだけど、諸事情でずっと箱根の山中におり、この一週間歯痒い思いをしている。

東京と連絡を取れば取るほど、食糧の無駄な買いだめや、誰々が関西・九州方面へ避難したという話に、少々ウンザリする。食糧などを大量に買い占め、もしも反省している人は、今からでも遅くないので、日本ユニバのようなNPOに届けることをオススメする。

レストランとか営業してるでしょう?
知り合いも、東京の杉並で、店内の照明など節電しつつ、蕎麦と地酒の店の営業を続けている。みんな、買いだめせずに、外食しなよ。


なお、東京都などの自治体も、救援物資の受付を開始したが、少なくとも東京都は、現地が必要としている食糧等は受付けていない。
http://www.metro.tokyo.jp/INET/OSHIRASE/2011/03/20l3hd00.htm

自治体とNPOのできることの違いを理解して、それぞれを生かせる支援を、できる範囲で、心がけよう。

ユニバ震災対策本部というのが、阪神淡路の経験が、被災地の支援を阻害しているという重要な指摘をしており、Twitter等でちょっと話題になっている。

http://anond.hatelabo.jp/20110317015611
(ソース http://npo-uniken.posterous.com/46132557

しかしこれが、実は詐欺ではないかとか、いまいち信用できないとか、結構疑われている。

http://www.ud-web.com/oshirase3.htm
このサイトも、一見信用に足る情報を見つけるのが困難なせいだろう。

ユニバ震災対策チーム支援HPを別に立ち上げたようだが、
http://trythis.jp/
急ごしらえ過ぎて、そもそも地震の日すら間違っており、本当は11日なのに、10日と表記している。ドメインも、ユニバーサルコーディネーターな個人が以前から取得しているもので、使いまわしなのだ。
-->
>追記
どうやら既に、上記リンク先は正式HPへの転送のみとなっているようです。
本日午後11時には削除すると表記されてます。
<--

要は、何故かいまいち信用できない認定資格についてのサイトに、ユニバ震災対策本部の呼びかけを掲載しているせいで、運営団体との一体性が疑われてしまっているのに加え、支援HPも怪しいとしか見えないのだ。

しかし、自分は信用したので、その根拠を提示しておく。

まず、当該NPOは内閣府のデータベースにちゃんと存在する。
「日本ユニバーサルデザイン研究機構」で検索してみよう。
https://www.npo-homepage.go.jp/portalsite.html
住所も整合性がある。
http://www.yamori.jp/list.php?i_id=%A4%CA
同NPOのサイト自体は、まあ信用できる。
http://www.npo-uniken.org/
また、同団体の運営する認定資格の取得講座も実在する。
http://www.anabuki.gr.jp/~hiroshima/ud/

同団体と直接連絡を取り、賛同して救援物資送り先を掲載しているブログも結構ある。

静岡県議会議員
http://nakada-tugisiro.blogspot.com/2011/03/blog-post_14.html
http://nakada-tugisiro.blogspot.com/2011/03/blog-post_8188.html

その、物資の東京での送付先も、ちゃんと実体がある福祉施設だ。
http://www.camellia-kai.com/

http://mobile.niwablo.jp/hanamakedo/kiji/87334.html?display_image=true
この人が連絡を取ったユニバ地震対策本部本部長も、名前で検索すれば活動実績はある。

http://www.pref.yamanashi.jp/news/200808/1219804858155.html
http://www.dh.aist.go.jp/jp/general/hcdws2011.php

旦那が同機構で勉強しているという人も。
http://ameblo.jp/yumegococi/entry-10829505001.html
http://ameblo.jp/yumegococi/entry-10831139846.html
書いてあることは、物的支援のみで、金を降り込めというような詐欺的な要因は全くない。

上記の方の友人という方のブログも、疑わしい点はない。
http://blog.goo.ne.jp/arigato-adachi/e/cfc6797c0dcf7c2d35bcab69e439723f

地方の賛同者には、地方の代表が受付をしている。
http://blogs.yahoo.co.jp/mamateresita2495/60425356.html
賛同者も地方代表も、詐欺的な要素は見当たらない。


結局、別サイトに飛ばしてしまったり、何の信用性もないJPドメインを支援サイトにすることが、どれだけ信用性を失うのか、ユニバ震災対策本部の人々が理解していないのだろう。もしくは、時間的余裕のない中、限られた人員でなんとか支援を広く呼びかけようと頑張って、これが限界だったのかもしれない。

少なくとも、金銭的な詐欺を目的とした活動としては、説明がつかないことは、上記を見れば誰でも理解できるだろう。

ユニバ震災対策本部は、疑われないために、ちゃんと活動の証拠になるような写真や情報提供を、もっと心がけるべきだ。重用なことを言っているのに、信用されないのでは勿体無い。

>追記
これが、公式な情報だそうだ。
http://www.npo-uniken.org/shinsai_busshi.html
物資を送ろうと考えている人は、上記をよく読もう。

>追記
こんなのもありました。
http://pressa.jugem.jp/?eid=213
とりあえず、今は公式ページにリストアップされている物資の支援に限定した支援を注意すべきだろう。
実際に届けに行った方も。
http://twitpic.com/4a8y4o

>追記3/18
facebookにアカウントが。
http://www.facebook.com/nucct
これまた届けに行った人の報告。
http://twitter.com/jucchan/status/48600706663452672

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