フォーサイト10月号に、司法改革関連の記事が2つあった。
http://www.shinchosha.co.jp/foresight/20th/2009/09/0910cont.html
1つは、会計士と弁護士業界に共通した問題として、資格試験の合格者を増やしたけれど、今になって業界側が減らせと言い出している話。
「不況で方針転換する会計士・弁護士業界の迷走」
もう一つは、再編の始まった法科大学院の、集客合戦の話。
「大再編が迫る法科大学院の「集客合戦」」
前者は、業界の既得権益保護に批判的な内容で、後者は、法科大学院構想に反対の法曹の言い分を紹介しており、偏った印象を受ける。こういう、対照的な記事の載せ方は、フォーサイトのバランス感覚だろうか?
来年の新司法試験受験予定者として、当然、後者につっこみたい(苦笑)
第1回の新司法試験の合格率が48%で、第4回の今年が27%で、ここまで下がったのが、弁護士の就職難や質の低下を受けてのこと、という指摘に対して。
受験生以外知らないだろうが、旧司法試験と新司法試験では、試験問題のレベルが、新司法試験の方がはるかに高い。例えば、今年の旧司法試験の論文試験は、全科目の合計で、問題が6ページしかない。1問の問題文が、10行程度しかないものもある。しかも、読めば一目で、論点が分かるような問題だ。ところが新司法試験は、1科目で10ページ以上なんて、ザラだ。旧司法試験では求められなかった、事例分析能力が問われており、論点を見つけられるかどうかから、試される。
当たり前だが、例えば弁護士は、依頼者が相談してくる雑然とした事実関係の中から、依頼者のかかえる法的問題点を探し出し、解決に導く。旧司法試験は、いきなり法的問題点が問になっているのに対し、新司法試験は、雑然とした事実関係が示され、依頼を受けた弁護士の立場で、具体的な攻撃防御方法を問われたりする。なので、新司法試験の問題文の大半は、前提となる事実関係だ。そこから、法的問題を抽出できなければ、ゲームオーバー。
逆に言えば、難関と言われた旧司法試験は、複雑な事実関係から法的問題を抽出できなくとも、合格できた。そんな能力は、問われなかったからだ。他の違いは、口述試験があったことだろうが、それにしても超難関だったのは、単に合格者数が極端に絞られていたからだと言える。そもそも、受験科目数からして少ない。昔の弁護士は、勉強する必要の無かった法律分野が、新司法試験には増えているのだ。
そして、弁護士の質の低下が叫ばれ始めたのは、新司法試験の合格者が現場に出るより、前からだ。法科大学院構想に反対していた法曹たちが、既に質の低下を訴えていたのだから。
思うに、旧司法試験で合格した法曹のうち、新司法試験で合格できる割り合いは、かなり低いだろう。また、最近の多くの法改正に対し、年配の弁護士などは、すでに追いついていない。改正された法律を知らない弁護士など、少なくない。新司法試験の受験生には必須の法律科目だって、全く学んだこともないなどという弁護士はザラ。そんなものは、依頼者が現れた時点で、勉強すれば良いと言う。もしくは、その分野の仕事が来たら、断る。
質が下がっているというなら、具体的にどの試験で合格した人物が、どういう質を下げているのか、はっきりさせるべきだろう。もちろん、新司法試験の合格者にも、資質に欠ける者がいるかもしれない。合格者数が増えれば、相対的に資質の欠ける人物の数が増えるのも当然だ。しかし、リーガルサービス全体の質の向上という観点から、プラスかマイナスか、第三者が客観的に測定し、論じるべきだろう。質が低下したと、既得権益層から言われても、鵜呑みにすべきでない。
そうした問題意識を前提に、合格率の低下について説明する。
新司法試験第1回とは、その年の法科大学院の卒業生しか受験者がいない。しかし、第2回は、第1回の不合格者と、その年の法科大学院の卒業生が受験する。第3回は、第1回、第2回の不合格者と、その年の法科大学院卒業生が受験する。つまり、毎年卒業生が出る以上、3回不合格で受験資格を失う者が、新規の卒業生数を上回らない以上、受験者数そのものが増加する。しかし、合格者数は、法務省のさじ加減で劇的には増えないのだから、毎年合格率が下がるのは、当たり前の話だ。そんなことは、法科大学院関係者なら、誰だって知っている。確率が下がることは、誰もが予測済み。合格率が7割だとか言われていた頃に、それを信じて法科大学院に入学した学生は、既に三振を終えているか、来年の受験で最後という人が大半だろう。
つまり、少なくとも今年の卒業生あたりは、合格率が3割程度であること自体は、入学前から予測している。全国の法科大学院の学生数と、新司法試験の合格者数の目標値は分かっているのだから、何年も前から簡単に予測可能だ。
だから、学生の側からすれば、合格率の低下自体は、大した問題じゃない。しかし、今年の最大の問題は、合格者数が減らされた、という事実だ。パーセントなんてどうでも良いのだ。
司法試験というのは、新でも旧でも、いわゆる合格基準点というのが無い。何点以上なら合格、という試験ではない。単純に言えば、合格者を何人にするか決めて、得点の上から順に、合格にするようなものだ。だから、合格者数が減ることと、受験者の質の低下は、基本的に関連性がない。質を問題にするなら、何点以上が合格か決めれば良いだけの話だが、そういう合理的な主張が無視されるのは、世の常である。
この点は、今年の合格報道は、どこのメディアも皆、大きな誤解を前提に書かれているような気がする。例えば朝日。
http://www.asahi.com/national/update/0910/TKY200909100334.html
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下落傾向が続いている合格率は、前年の33.0%をさらに下回る過去最低の27.6%で、歯止めがかからなかった。
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誰か歯止めを考えてたのか?(苦笑)
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同省が今年の目安とした2500~2900人も大きく割り込んだ。
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割り込ませたのは、誰だ(失笑)
今年と去年じゃ、受験者数は1000人以上増えている。昨年の合格率以上にするには、昨年2065人だった合格者数を、2438人以上にしないと、合格率は上がらない。合格率の低下に、誰かさんが歯止めをかけたかったなら、目安通りに2500人以上合格させれば良かっただけだ。初めから、既得権益層の言い分を入れて、合格者を減らす指示を誰かがしたから、歯止めがかからなかっただけだ。間違っても、今年の受験者の質が低下したことを示す証拠は無い。
一部誤解を生んでいるのは、今年の合格者の最低点が、昨年の最低点より155点低くなった点だ。これを見て、質が低下したと誤解している人がいる。しかし実は、昨年と今年とでは、採点基準が変更され、総合評価の満点自体が下がった。昨年までは、350点満点の短答試験の結果が、そのまま総合評価に加算されていた。これが今年から、半分になった。つまり、短答試験が仮に満点でも、総合評価では175点にしか換算されなくなったのであり、最低点が下がるのは自然な結果だ。
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なお、何故採点基準が変更になったかと言うと、短答試験の点数評価が大きすぎて、短答の順位を論文試験でひっくり返すことが、ほとんど困難な試験となってしまっていたからだ。よって、論文試験の重みを増すための措置だ。
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つまり、合格者数が減ったのも、合格率の低下に歯止めがかからなかったのも、受験生に帰責性はないし、法科大学院の質に問題がある証拠にもならない。単に、誰かの意向が働いただけの結果なのではないか?
メディアは是非、この受験者に対する裏切り行為を、大々的に取り上げて欲しい。かつ、それがどういうメカニズムで決まったか、はっきりさせるべきだ。そういうことに触れず、フォーサイトの記事も、現職高裁判事の「法曹資格者の大幅増員が質の低下を招く」などという警告を引用し、法科大学院の存在そのものを批判して終わっている。非常に、取材不足な記事だ。
驚くべきことに、フォーサイトのバランス感覚か?と書いた、既得権益批判な前者の記事ですら、試験が易しくなったと勘違いしているように読める。「試験を難しくすべきだ」、「試験が易しくなった結果、質が大幅に低下した」という弁護士の主張を、ぞのまま紹介しているのだ。単に、既存の弁護士が、「競争激化による所得減少を恐れている」のが本当のところだという記事の構成にはなっている。しかしそもそも、試験が易しくなったという指摘自体が、不適切である点には触れていない。
法務省のサイトに、旧司法試験と新司法試験の問題文が掲載されている。
旧司法試験の論文問題
http://www.moj.go.jp/SHIKEN/h21ronbun.pdf
新司法試験の各科目の論文問題(下の4つ)
http://www.moj.go.jp/SHIKEN/SHINSHIHOU/h21-22jisshi.html
新司法試験の問題が、素人でも一目で分かるくらいに、旧司法試験より難しくなっている現実は、見れば分かる。新司法試験は、旧司法試験と比べても、過去に無いほど十分に難しく、これ以上試験を難しくするには、単に合格者数を減らす以外にない。
7割合格なんて夢物語は、とっくに誰も抱いてないけれど、2010年に3000人合格させるために、徐々に毎年合格者数を増やしていくというのは、今年の受験生は信じていたはずだ。まさか、合格者数が減らされるなんて、騙し打ちそのものでしかない。誰か、合格者数決定の過程について、情報公開請求すべきだ。きっとそれも、公法の受験勉強になるから、是非(苦笑)
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分かりやすく書いてあるので、大変読みやすく興味深く感じました。ただ、単に暗記分野を広げただけというのではなく、旧司法試験は争点がお膳立てされていたのに対して、新司法試験の法的争点を自ら見つけ出すというのには、大変共感を持てます。弁護士の質が低下したなどの指摘は、仰る通り妥当ではないと思いますが、争点をお膳立てされていた弁護士が、新しい内容を案件を持ち込まれたとき、そのとき勉強すると言われても表面的、形式的な型通りの弁護活動しかできないように思えます。そのため、私には新司法試験の内容自体は良いもののように思えてしまいます。新司法試験の課題内容の問題点もあるようであれば、教えて頂けると助かります。
コメントありがとうございます。
新司法試験は、毎年のように出題形式や採点基準が変更になっており、来年も民事系の論文問題の出題形式が変わるのですが、受験生は振り回されて大変である一方、出題する側も改善のために苦労しているのだろうとも思います。
また、法科大学院の統廃合や、募集人数の削減も行われており、今後学生が減少することで、いずれ新司法試験自体の合格率は上がるものと思われます。そうすることで、再び社会人にとって魅力のある試験にして、法科大学院構想の重要な目的の一つである、多彩な社会経験を持つ法曹の増加につなげよう、という段階と思われます。しかしそれも、合格者数が減らされては、元も子もありません。
そこで問題なのが、法科大学院による弁護士増員に反対な、今年就任した日弁連会長です。当初、半数以上の弁護士は、対立候補を支持したのですが、弁護士会単位では逆転するという珍しい出来事があって、再投票までして決まった人です。
http://blogs.yahoo.co.jp/nb_ichii/31101329.html
どういう事かというと、元々弁護士が集中している東京など都心部の弁護士は、競争に慣れていることもあり、弁護士増員にそれほどアレルギーがないのですが、弁護士が少なく競争の少ない地方の弁護士会では、競争が増えることに大反対が起こったのです。その結果、地方弁護士会単位で圧倒的に弁護士増員反対多数となり、増員反対を明確に打ち出した候補が当選してしまったのです。
この会長は、さも受験生の味方かのように、司法修習の給与制復活を訴えておりますが、給与制に戻れば予算の制約が生じますから、合格者数を減らす圧力に使われるでしょう。新司法試験の会場出口で、給与制を復活させようというビラも配られてましたが、受験生からすればこの人は天敵のような存在です(苦笑)
まあ、司法修習は専念義務が課され、アルバイトもできない準公務員な扱いで国民を拘束するわけですから、本来は給与が出ても当然ではあるのです。ですから、合格者数を減らさない前提で給与制復活というなら、受験生から絶大な支持を受けるかもしれませんが、そうではないのです。
そもそも法科大学院では、従来の司法修習の範囲も教えており、それを前提に、既に現在の修習期間は短縮されています。司法修習の二回試験で、旧司法試験組より新司法試験組の不合格率が低い(新聞等では、これまた頓珍漢にも、数字のマジックで逆の報道がされてましたが(苦笑))ことから、法科大学院が機能していることの証だ、と言う人もいます。最終的には、司法修習は法科大学院に内包されるべき、という議論も有力なのです。
社会人からすれば、働きながら法科大学院には通えても、結局新司法試験に合格すれば、修習のために会社を辞めなければならないのは、大変なネックです。会社で一定の地位にある優秀な社会人ほど、子供も育て、家のローンも払っていたりするわけで、修習で給与が20数万円出たところで、全然足りないのです。制度上仕方なく、それなりの給与を得ていた地位を捨てるわけですが、修習を終えても元の会社に戻れる保証もなく、それどころか弁護士事務所の就職難などという理由で翻弄されるわけです。元の職場で資格を活かそうと考えていたのに、辞めなきゃならないなんて、どうしよう...と、入学してから知って、愕然とする人もいます。
多彩な社会経験を持つ法曹を育てるということが、法科大学院の目的の一つである以上、社会人が敬遠せざるを得ない制度が併存していること自体、矛盾だったりします。しかしそれらは、制度を改善していく過程で、いつか法科大学院に司法修習を完全に内包させることを目指せば良かったはずなのです。
ところが、現会長は早々に、社会経験豊富な法曹を増やすという国民の利益より、昔ながらの、苦学生を前提にした制度設計に戻そうとしているわけです。会長自身が元々苦学生でしたから、そういう気持ちも分からなくもないのですが、奨学金制度とか、もっと他にやり方があろうと...
税金を投入して、人生経験も社会経験もない学生のための制度に戻せば、会長自身がそうであったように、合格しても食えない弁護士が誕生します。この人は合格した当時、弁護士になれば自動的に食えると思って法律事務所に入ったそうですが、弁護士がまだ少なかった当時なのに、顧客が得られずに事務所を追い出された経験の持ち主です。自身、雑誌のインタビューで、人生経験が少なく社会性がないから顧客獲得能力が完全に欠けていた、と答えてます。仕事がなかったからこそ、普通の弁護士が無視していた、多重債務者問題を扱うようになり、いつしか人権派弁護士と呼ばれるようになったのです。
そういう意味では、新規市場を開拓した経験の持ち主でもあり、自身の反省や経験から、法科大学院に積極的に賛成しても良さそうなものですが、不思議なものです。
ということで、司法修習のあり方が、今後の課題となるでしょう。
「司法修習生の兼職禁止緩和 社会人法曹を後押し」(asahi.com 2010年11月27日)
http://www.asahi.com/job/news/TKY201011270158.html
>司法試験に合格し、1年間法曹の実務を学ぶ司法修習生の「兼職禁止」が27日付の採用から緩和された。最高裁は社会人で合格した修習生が民間企業などに身分を残したまま、休職扱いで修習できるよう運用を見直した。原則禁止は変わらないが、法曹を目指す際の「壁」が低くなり、企業などで活躍する弁護士の増加を後押ししそうだ。
早速動きがありました。一歩前進です。