著作権をめぐる争いの火種としての宇宙戦艦ヤマト その3

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その1
その2
その4

西崎原告が、バンダイ、バンダイビジュアル、東北新社らを訴えたPSソフト裁判一審(東京地判平成13年7月2日)において、西崎氏の請求は以下であった。
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1 被告らは,別紙物件目録1及び2記載の各ゲームソフトを複製,譲渡又は貸与してはならない。
2 被告らは,原告に対し,連帯して金1億円及び内金3000万円に対する平成11年9月15日から,内金7000万円に対する平成12年5月23日から各支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。
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http://tyosaku.hanrei.jp/hanrei/cr/3276.html
http://members.at.infoseek.co.jp/just1bit/yamato/rights/trials.html#2

主な争点は3つ。
1:宇宙戦艦ヤマトの著作者は誰か
2:著作権譲渡契約に、翻案権譲渡と、著作者人格権に基づく請求の放棄が含まれたか
3:著作者人格権侵害に基づく請求をすることは、信義則違反か

このうち、著作者については、3つの訴訟を通して全てで争われている共通の争点だが、PSソフト裁判での裁判所の判断は以下。
「原告は,アニメ作品の制作等を業としていたが,昭和49年から58年に掛けて,テレビないし劇場用映画である本件各著作物を制作,著作した(なお,本訴において,被告らは,本件各著作物の制作過程について,反証を全く行っていないが,このような弁論の全趣旨に照らして,上記のように認定した。)。」

西崎氏の著作者人格権を否定したい東北新社らは、この点にろくな反証をしなかった。著作権譲渡契約時の添付書類の記述と、作品中のクレジット表記のみから、ウエストケープとオフィスアカデミーが著作者だ、としか反証しなかったのだ。著作者を本気で争うのなら、裁判所の言うように、制作過程に関する西崎氏の主張を潰す必要があったはずだ。「書いてあったから著作者だ」などという反証は、とても本気の反証ではない。

後のパチンコ裁判では、裁判所こそがそのような理由を使う。しかしこの時点では、この裁判と平行して係属していた、「その2」で取り上げた著作者裁判を無視できない。タイムラインにまとめてみた。


PSソフト裁判と著作者裁判は、僅か1ヶ月程の時間差で始まり、共に、同じ著作物の著作者人格権侵害が争われていたのだ。

両方の当事者であった西崎氏の代理人弁護士は、どちらも共通の面子の6名だし、PSソフト裁判のバンダイビジュアルの代理人弁護士は、著作者裁判の松本氏の復代理人弁護士を務めている。しかも、同じ東京地裁民事第29部であり、裁判官は3名中の2名が重複し、その一人は両訴訟に裁判長裁判官として関わった飯村敏明氏だった。

これだけ重複していながら、同じ争点を含む訴訟を別々に争い、別々に和解し、他方の和解内容に一方の当事者が苦言を呈するような状況とは、一体なんだ?

二当事者間で係属している訴訟に、第三者が新たに共同訴訟人として参加する、主観的追加的併合という方法がある。しかし、これは最判(昭和62年7月17日)が否定しているので、難しい。それでも、問題の早期解決を本当に望むのであれば、主観的追加的民訴法152条によって、弁論併合の申し出でを促し、裁判は一つにされても良かった。裁判官は、訴訟経済を無視した当事者らの茶番を、どう思っていたのだろうか。

「反証を全く行なっていない」などと括弧書きしたのも、皮肉かもしれない。何しろ、仮に東北新社らの反証が認められてしまえば、間違いなく2つの裁判は矛盾してしまう状況だったのだ。併合もせずに別々に争いながら、手抜きな反証を見せられたら、裁判官だって「何やってんの、あんたら?」と言いたいところだろう。

もしもPSソフト裁判で東北新社らの反証が認められ、ウエストケープ及びオフィスアカデミーが著作者となり、著作者裁判では西崎氏が著作者と認められていたなら、民事訴訟法的には全く問題なく、矛盾した事実認定に基づいた判決が、同じ裁判官から出るところであった。松本氏が著作者と認められていた場合も同様であることは、後述する。

せっかく矛盾しない判決がなされたが、共に控訴審段階で和解に至り、飯村裁判官の苦労?も無に帰するのだが、その結果が後のパチンコ裁判で影響することなど、因果応報である。


ここで、東北新社の真意を想像するのに、西崎氏が著作者人格権侵害を訴える元になった著作物の、PSソフトの表記を確認してみよう。
>(C)松本零士/東北新社・バイダイビジュアル
何故か松本氏の名前が...

もしもこれが、
>(C)東北新社・バイダイビジュアル
であったなら、西崎氏の気持ちも違っただろう。

当時の東北新社は、松本氏を著作者の一人と真に信じていた可能性もあるようだ。以下は、本エントリー「その1」にいただいたコメントから訪問した、「9の部屋」さんのサイトだ。
http://www.newyamato.com/main3.htm
http://www.newyamato.com/main3_tfcem.htm

(C)表記自体は、無方式主義のベルヌ条約加盟国である日本では、そもそも法的な意味はない。そんなことを書かずとも著作権は保護されるのであって、(C)表記をするのは、それに意味があるという誤解に基づく単なる慣行である場合が多い。(万国著作権条約のみに加盟する無方式主義の国(かつてのアメリカ)で著作物を保護する場合には、意味がある。)

別に、松本氏が著作者であろうと、映画製作に参加している以上著作権は映画製作者に帰属している。誰であろうと、著作者人格権侵害などと騒がないでくれれば良い。しかし、松本氏のみが著作者で、西崎氏もウエストケープもオフィスアカデミーも著作者でないとなると、西崎氏との著作権譲渡契約の記載に反してしまい、よろしくない。東北新社としては、ウエストケープとオフィスアカデミーという法人も著作者であって欲しいが、その為には、西崎氏が著作者的に関わり、それが職務著作として法人に帰属している必要がある。ところが松本氏は、"自身のみ"が著作者だと言い出してしまった。

この矛盾が、主観的追加的弁論併合をされなかった理由の一つではないだろうか。収拾がつかない。収拾をつけるということは、松本氏と完全に敵対することを意味するが、まだこの段階ではその気もない。東北新社としては

著作者:ウエストケープ及びオフィスアカデミー(+松本氏)
著作権:西崎氏から、東北新社へ譲渡

としたいが、PSソフト裁判と著作者裁判からは、どう頑張っても合一的にこの結論は導けない。

東北新社がそんな状況に置かれたのは、遡れば、西崎氏から東北新社への著作権譲渡契約の記載が不適切だったからに他ならない。(西崎氏が著作権者でありながら、法人が著作者であるという記述があり、その関係が生じるには、法人から著作権が西崎氏個人に譲渡されたこと以外にない。しかし、著作権を法人が個人に譲渡することなど、何か特段の事情でもなければあり得ない話だ。にも関わらず、その西崎氏個人から著作権譲渡を受けたことで、後のパチンコ裁判一審での敗訴につながる。)

さて、前置きが長くなったが、PSソフト裁判の和解を見てみよう。
●和解2:平成16年5月28日 PSソフト裁判 訴訟上の和解
http://web.archive.org/web/20070515052223/http://www.enagio.com/release/old.html#040712
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「宇宙戦艦ヤマト・復活篇」発進 2004.7.12
かねてより、「宇宙戦艦ヤマト」のゲームに関する著作者人格権問題で、係争状態にりました西崎義展(本名:弘文)(株)東北新社、(株)バンダイ、バンダイビジュアル(株)の三社は、5月28日、 東京高等裁判所民事法廷において西崎義展の控訴取り下げによる和解が成立しました。
この和解調書の中で、西崎義展が「宇宙戦艦ヤマト」の著作者である旨を公表しても反意を唱えない事が確認され、三社は了承しました。
 
これにより、西崎義展が新作の制作を 全面的に委託している(株)エナジオは、劇場用アニメ「新宇宙戦艦ヤマト 復活篇」(仮題)の 制作について、「宇宙戦艦ヤマト」の著作権者である(株)東北新社と協議に入りました。
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この和解については、上記の西崎氏側の発表しか情報源がない。東北新社側は、和解について何も発表しなかったようだ。これを、裁判外の和解だと評しているブログを散見するが、その根拠は不明だ。

・法廷で
・控訴取り下げ
・和解調書が存在

ただ、これは矛盾も感じる。控訴した西崎氏が控訴を取り下げたなら、単に一審確定で西崎氏敗訴なので、和解ではないように思える。しかし、法廷で和解が成立し、和解調書が作成されている以上、訴訟上の和解であることは間違いない。実務は、和解を広く認めているであろうから、控訴取下げを条件とした訴訟上の和解というのも可能であるかもしれない。しかし、論理的に民訴法に反しない解釈としては、訴えの取り下げを控訴取り下げと混同して発表したのかもしれない。

和解条件として判明しているのは、「西崎義展が「宇宙戦艦ヤマト」の著作者である旨を公表しても反意を唱えない」ことのみで、「新宇宙戦艦ヤマト 復活篇」に関する東北新社との何らかの約束を得たであろうことは推測するしかない。そのためには、前後の動きが重要だろう。

「その2」に書いた通り、著作者裁判での西崎氏と松本氏の「和解1」の内容は、東北新社にとって想定外であったことが伺える。そして、PSソフト裁判一審では完全に苦境に陥っていたはずの西崎氏の立場が、著作者裁判の「和解1」で蘇った。松本氏側は、「和解1」に則り、宇宙戦艦ヤマトとは別物作品として、OVA「大ヤマト零号」のDVD発売を開始する。DVD第一巻の発売が3月31日、第二巻が5月10日と続き、5月28日にPSソフト裁判は和解(和解2)する。そして6月、三共ら松本氏側を相手取ったパチンコ裁判を、東北新社は提起したのだ。

東北新社は、和解1の前は松本氏に宇宙戦艦ヤマトの続編を作らせようとしてきた。しかし、和解1の後は、完全にコントロールの利かななくなった松本氏を、間接的に牽制する必要性を感じ始めた。ベンチャーソフトなどと組んで「大ヤマト零号」なぞ作ってしまう松本氏よりも、どうせ獄中でろくな活動ができない西崎氏に、著作者だと公表するくらい許してやる方が、遥かにマシだ。しかも西崎氏は、正当なヤマトの続編しか作る気が無い。元々、著作者人格権侵害などと言ってこなければ、西崎氏と争うべき理由などなかったはずだ...

そして、7月12日のエナジオのニュースリリース後の動きは以下だ。
7月20日:2006年の復活編公開が、新聞メディア等で取り上げられる。
http://www.zakzak.co.jp/gei/2004_07/g2004072003.html
http://web.archive.org/web/20040720055515/http://www.asahi.com/culture/update/0720/003.html
7月24日:蚊帳の外におかれることが正しいのに、松本氏にコメントを求めた、事情を知らない間抜けな記事が出る。
http://www.zakzak.co.jp/gei/2004_07/g2004072406.html
7月26日:松本氏が復活編に無関係であることが正しい証拠ととして、1年前の「和解1」の全てをエナジオが公表。
http://web.archive.org/web/20070515052223/http://www.enagio.com/release/old.html#040726


西崎氏としても、和解に価値があった。PSソフト裁判一審判決からは、自分が復活編を製作できる勝算は低い。しかも、最初の覚醒剤事件の刑期は満了したが、その後の銃刀法違反事件の上告が棄却され、5年6ヶ月の実刑が確定してしまった。獄中からできることは限られるし、(C)表記から松本氏の名前が消えるなら、PSソフト裁判で著作者人格権侵害を争い続ける意義も減少した。東北新社は、復活編について協議してくれるというし、松本氏に許したことと、三共らの作ったパチンコ遊技機の実際は、かなりかけ離れ、和解1に反する内容にもなっているようだから、パチンコ裁判を提起するなら敵ではない。

おいおい、歌が、まんま、宇宙戦艦ヤマト言うとるやんけ!

後は、東北新社がパチンコ裁判で請求認容判決を得るのを待って、復活編を...のはずだったろうか。ところが2006年、東北新社は三共らに負けてしまったのだ...


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民訴法的な初歩的な間違いに気づいたので、一部訂正しました。

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このページは、ranpouが2009年3月30日 09:40に書いたブログ記事です。

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