あのときの王子くん

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■星の王子さまミュージアム閉園
 2023年3月31日、箱根の「星の王子さまミュージアム」が惜しまれつつ閉園となった。

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 サン・テグジュペリ生誕100年の記念事業の一環として、1999年6月29日に開園。当時世界で唯一の、「星の王子さま」とサン・テグジュペリをテーマにしたミュージアムだった。観光地の単なる客寄せ施設に終わらず、「星の王子さま」の背景を深く理解する上で必要な、サン・テグジュペリの生い立ちからその最後までの、人生への理解を深めることが出来る、とてもよくできたミュージアムだった。
 昨年10月、コロナ禍による来園者減少や建物の老朽化を理由に閉園が発表されて以降、連日多くのファンがやってきて賑わっていたとのことだけれど、残念ながら覆ることはなかった。自分も、ここが箱根で一番好きな観光施設だったので、最終日含め3月に2度行き、その世界を堪能し、記憶に刻んだ。膨大な数の貴重な展示資料が、今後どう処分されてしまうのか、非常に気になるところ。

■「星の王子さま」新訳ブーム
 ところで、行く前に読み直そうと、青空文庫で検索した。最初、「星の王子さま」で見つからず、「サン・テグジュペリ」で探したら「あのときの王子くん」というのだけあった。知らなかったので、関連作品かと思ってしまったけれど、正に同じ「Le Petit Prince」の新訳だった。
https://www.aozora.gr.jp/cards/001265/files/46817_24670.html
 サン・テグジュペリ作品は、国によっては著作権が残ってるけれど、日本では敗戦による戦時加算を考慮しても2005年には権利失効しているので、誰が新訳で出版しても良いし、サン・テグジュペリ自筆のあのイラストも使える。(商標権の問題はあるけれど)
 権利失効した当時は新訳ラッシュがあって、十冊以上の新訳が出版されたとか。正に、パブリックドメイン万歳というか、著作権が切れることで文化の発展が促された好例になっている。「あのときの王子くん」も、こうして生まれた新訳の一つだった。

■「星の王子さま」って合ってるの?
 何故、「星の王子さま」ではなく「あのときの王子くん」なのか。その理由が「青空文庫版『あのときの王子くん』あとがき」に詳細に書かれていて、翻訳した大久保ゆうさんの本気さに感銘を受けてしまった。「この作品がファンタジーであるとは思いませんし、また『星の王子さま』という題名を冠されるような作品であるとは考えていません。」というのだ。

 言われてみると確かに、物語に出てくる例え等が生々しくて、ファンタジーとは違うように思えて来た。例えば以下。

「そのときは、わかんなかった! ことばよりも、してくれたことを、見なくちゃいけなかった。あの子は、いいにおいをさせて、ぼくをはれやかにしてくれた。ぼくはぜったいに、にげちゃいけなかった! へたなけいさんのうらにも、やさしさがあったのに。あの花は、あまのじゃくなだけなんだ! でもぼくはわかすぎたから、あいすることってなんなのか、わかんなかった。」

 自分の星(郷里)のバラの花(女性)との別れについて、こんなことを言う小さな王子って...精神年齢おいくつ?

 それに、たまたまどこかの星(B612)から来たけれど、星から来たことが重要という感じは無いので、「星」は特筆すべきポイントではないかもしれないとも思う。

 「王子」にしても、あくまで語り手である「ぼく」の主観からみた「小さな王子」であって、他の登場人物は、この子供を王子扱いしていない。王様には、家来扱いされている。客観的には、単に星々を旅する子供。「さま」付けすることに違和感があると言われると、確かに...と。

 では何故、原題に無いのに、わざわざ「星の」と邦題が付けられたのか。これまで考えたことも無かったが、要は、最初に翻訳した内藤氏のオリジナリティ溢れる二次創作だったということなのだろう。権利失効後の新訳ブームの時、内藤氏のご子息が、「せっかく新訳されるのですから、新しいタイトルを工夫してほしい。「新しき葡萄酒は新しき革袋へ」です。」と、各出版社に「星の王子さま」というタイトルを使わないでほしいと主張されたとか。それを知ってしまうと、もう安易に「星の王子さま」と呼べない。
 しかし、この邦題が余りにも定着しているせいで、機械翻訳ですら「Le Petit Prince」が「星の王子さま」と翻訳されてしまう。作品から離れて、純粋に言語として「Le Petit Prince」が正しく翻訳されないのは、ちょっと問題な気もする。(世界中で翻訳されているうち、「星の」的な題名で出版されている国は無いのではないか。英語圏では「The Little Prince」、中国では「小王子」。独特の題名なのは、ペルーの「kamachikuq Inkacha」で、意味は「インカの司令官」?...なんじゃそりゃ。)

■小さな王子のニュアンス
 そもそも最初は、しつこくうるさいガキんちょなのだ。「小さな王子」は、中国で一人っ子家庭で育ったわがままな子供を「小皇帝」と呼ぶのと、似たニュアンスかもしれない。少なくとも、童話的なキラキラ「王子さま」ではない。それが、会話を続けるうちに「ぼく」との間に絆が生まれ、かけがえのない友となる。その経緯を考慮すれば、「王子くん」は納得できる。
 更に、死にそうだった自分を救い上げてくれた、6年前のあのかけがえのない出会いの話だから、定冠詞「Le」を無視すべきじゃなくて、「小さな王子」では足りず、「あのときの王子くん」とした大久保訳に納得する。この呼び名、もっと広まれば良いのにと思う。

■蛇足
 児童書の体裁を意識しつつも、サン・テグジュペリは、当時ドイツ占領下のフランスで苦労していたユダヤ系の友人を励ますために、このガキんちょとの6年前の不思議な出会いを捧げた。子供のように自由な想像力を忘れて欲しくない大人に向けて。
 目に見えることが全てではなく、肝心なことは目に見えないということが物語の重要なポイントであることからすれば、王子くんが子供の姿だからというだけで、子供と決めつけるのも間違いだろう。
 砂漠に墜落する描写は、かなり比喩がある。大人社会で孤立し、孤独で心(エンジン)が壊れた「ぼく」が、サハラ砂漠のような誰の助けも得られない場所で、一人で立ち直らなければならないと言ってるようにも読める。その、「ぼく」の心の中の葛藤と、そこからの生還の物語が、目に見えないように描かれているとするなら、王子は「ぼく」自身でもある。
 「星の王子さま」と呼ぶのは、そういう解釈を妨げる気もして、モヤモヤしてしまうのだった。

 ま、自由に読めば良いので、「星の王子さま」と呼び続けたい人は全然構わないけど。

■ミュージアム公式Twitterで紹介されていた3Dデータ
展示ホール
https://l-prince.4dkankan.jp/spg/?m=KJ-eur-IHHn93a23e
園内
https://l-prince.4dkankan.jp/spg/?m=SS-tIQYvzaLf8
エントランス
https://l-prince.4dkankan.jp/smg/?m=SS-7Ue3p6Ywd5
チケット売り場
https://l-prince.4dkankan.jp/spg/?m=KJ-eur-7XPs9391ab
ショップ
https://l-prince.4dkankan.jp/spg/?m=KJ-eur-gyYg939446
レストラン
https://l-prince.4dkankan.jp/spg/?m=KJ-eur-esOB939cfb
カフェ
https://l-prince.4dkankan.jp/spg/?m=KJ-eur-pu0c9396ec
サン=テグジュペリ教会
https://l-prince.4dkankan.jp/spg/?m=KJ-eur-4uWZ939987

■その他ミュージアム写真
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このページは、ranpouが2023年4月 7日 15:06に書いたブログ記事です。

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