2020年8月アーカイブ

中身のあるブログ更新何年ぶりだよという感じだが、過去にここで注目していた事案のその後についての話。


「日本の映画産業を殺すクールジャパンマネー 経産官僚の暴走と歪められる公文書管理」を読み終えた。本書は、かつて産業革新機構からの出資による官製映画会社と言われた株式会社All Nippon Entertainment Works(以下「ANEW」とする。)にまつわる不審な公金の行方や、実績とされた映画化案件に実体が存在しなかったこと等を暴きつつ、クールジャパン政策の数々の問題点を具体的な事例を元に指摘する。この問題を長年追及してきた著者には、本当に敬意を表したい。
しかし、それだけに留まらず、著者も属する映画産業の発展に本当に必要な支援とは何か、海外の成功事例を豊富に紹介しつつ論じている。映画や広く映像産業に関わる人は、この本を読むべきかもしれない。自分のように、既に部外者となって久しい人間には、もったいない内容だった。
純粋に、アメリカ等海外と映画製作する際の流儀というか、コスト管理や契約締結に必要な実務的な知識、不合理な契約を押し付けられないためのメルクマールのオンパレードという側面も、ある意味貴重だった。というのも、著者が訴える経産省やANEWの問題点を読者が理解する前提として、ハリウッド等アメリカの映画製作実務の知識が必須な為、その解説に多くのページが割かれているからだ。目から鱗と感じる関係者もいるかもしれない。普通なら、それだけでもお金払う価値がある。

ANEWについては、設立当初から自分も興味を持ってこのブログで取り上げていたけれど、いつになってもガイキングは完成せず、あの会社どうなってんの?と思ってきた。しかし、著者のように情報公開請求したり、関係者の発言や発表を時系列で追ってその矛盾を発見したりすることは無かった。ジャーナリストでもない著者が、このような不正義を長年追及してきたのは、ご自身が映画産業関係者であり、国の無策に苦々しい思いをさせられてきたからだろう。しかも、無策なだけじゃなく、クールジャパンと称して税金を私物化している連中がいる。許せないという気持ちに違いない。自分は以前CG制作会社で働き、映画制作を受注する現場側として興味を持ったのが最初なので、著者にはとても共感しながら読ませてもらった。

ただし、ANEWのような官製映画会社が作られた経緯について、本書で触れられていないことがある。著者はご存じ無いのかもしれない。本書巻末のANEW年表は、経産省が産業革新機構に対しANEW設立を打診した2010年前半から始まっているのだが、実はこの前がある。

■ANEW設立の前段階
2010年初頭、民主党政権下の経産省は、民間から誰もが自由に国策等を提案できるアイデアボックスというサイトを運営していた。ここで多くの支持を得た「ハリウッドVFXの仕事を日本で受注するための支援」という映画制作現場からの意見があり、自分はこれが、ANEWを正当化する民意として経産省に利用されたと、現在では理解している。

経済産業省アイディアボックス
「ハリウッドVFXの仕事を日本で受注するための支援」
https://web.archive.org/web/20100523203033/http://201002.after-ideabox.net/ja/idea/00131/

この直後の2010年4月、「経済産業省は5日、産業構造審議会(経産相の諮問機関)の産業競争力部会に「文化産業大国戦略」案を提示した。」として、「映画などのコンテンツを海外で販売するのに不可欠な資金を提供する官民出資の「コンテンツ海外展開ファンド」を創設する。」と毎日新聞が記事にしていた。

アイデアボックスに意見を投じたご本人は、コンテンツ海外展開ファンドの創設を前進と評価されていたが、
http://shikatanaku.blogspot.com/2010/04/blog-post.html

自分は意見が歪められたと感じていた。
「クール・ジャパンのマヌケ」
http://maruko.to/2010/04/post-83.html

それでも、2011年にANEWの設立がニュースとなった頃は、
「国策会社とクール・ジャパン」
http://maruko.to/2011/11/post-123.html
「ハリウッドのノウハウを学ぼうという姿勢」に変わったと感じ、「単なる資金提供目的のファンドとは全然違う。人材育成を明確に目的にしただけでも、大きな進歩。」と考えていた。

しかし、そもそも2009年の麻生政権下で、産業革新機構から資金調達して「コンテンツ海外展開ファンド」を創設するという話は、既にニュースになっていた。
「国産比率と法令遵守を条件に」
http://maruko.to/2009/05/post-31.html
2009年5月4日の時事通信の記事では、「国内の制作会社や作家からコンテンツの海外ライセンス(使用許諾)を取得するとともに、海外の制作会社に出資し、国際展開を後押しする。」と説明されており、正に、後のANEWそのものと言える。産業革新機構とコンテンツ海外展開ファンドを駆使した税金私物化の不正の概要は、自民党政権時代に出来上がっていたのだ。

■政権交代の影響
2009年当時の自分は、制作現場が潤わない新たな利権を生むだけの麻生政権の愚策に批判的だったのだが、政権交代と2010年のアイデアボックスを経て、多少はマシになったのではないかと、期待してしまっていた。民主党政権とは、はてブにオープンガバメント推進ブログを経産省が作っていた、そういう時代だった。
https://ideaboxfu.hatenadiary.org/entry/20100527/1274919221

けれど、野田政権の最後にANEWがガイキングについて発表したのを最後に、クールジャパンはブラックボックス化してしまう。
「民主党政権の残したクール・ジャパン」
http://maruko.to/2012/12/post-135.html
オープンガバメントな手法を駆使し、親しみすら感じていた経産省が、自民党への政権復帰と共に、遠い存在に戻ったという気がした。

著者は、様々な情報公開請求、不誠実な経産省の対応で苦労されるわけだが、これは単に経産省が悪いというより、それを許すようになった現政権に最大の問題があるのではないかと思う。公文書管理や情報公開への姿勢に問題があるというのは、経産省というよりも、現政権の顕著な特徴なのだから。現政権の不正のオンパレードの中に、本件は埋もれてしまったという気がする。

まあ、ガイキングにしてもいかなる契約も存在していなかったというのだから、民主党政権下で自分が「多少はマシになった」と当時思ったのも、ただの虚構だったのかもしれないが。

■当時における官製映画会社の必要性
第4章「官製映画会社構想のそもそもの過ち」には、「国による「ANEW設立の打診」には、産業政策上の「事実」に当てはまらない致命的な思い違いが、大きく分けて2つ存在します。1つは個人レベルで解決できる課題に焦点を当てていたこと、もう1つは「ビロー・ザ・ライン」へ支援が向いていなかったことです。」とある。自分は、後者には賛成で、アイデアボックスの議論の後に骨抜きにされたのが、正にこの部分だと感じている。しかし、前者については異論がある。
著者はここで、「リング」が契約に失敗し、ハリウッドリメイクから配当を得られなかった事例について、プロデューサーら個人の問題と捉えている。そして、「映画化権の交渉における契約法務に長けた弁護士やエージェントなどを利用するという、簡単な手段で解決できます。」と。リメイクを通じてハリウッドのノウハウを蓄積し還元するような官製映画会社は、前提とした必要性がそもそも無かったと。
しかし、映画化権のハリウッドとの交渉に長けた弁護士にアクセスすることは、この国で本当にそんな簡単なことだろうか。著者は、ANEWが支援したのが東映アニメーションや日本テレビという資金力のある大企業であったことから、そのような会社が国の支援がないとリスクをとることが難しいわけがないと論じている。しかし、その様な大企業のみを支援するのが、ANEW設立の前提だったわけでもないだろう。

第1章「株式会社ANEWと消えた22億円」では、「官製会社の民業圧迫行為」と題し、漫画「銃夢」がハリウッド映画化された「アリータ:バトル・エンジェル」の契約法務の事例を引き合いにしている。「銃夢」のように、日本の法律事務所が代理人としてハリウッドと交渉した事例があるではないかと。ANEWのような官製映画会社が無くとも民間で対応できるのに、対価を求めずに同様のサービスをANEWが提供することは、民業圧迫だったと。しかし、原作者のインタビュー記事を読むと、「アリータ:バトル・エンジェル」こそが契約法務に不備があったと疑われても仕方のない問題ケースだと思えてくる。

「銃夢」の作者・木城ゆきと氏にインタビュー、「アリータ:バトル・エンジェル」映画化の経緯から「銃夢」の奇想天外なストーリーの秘訣まで聞いてきました - GIGAZINE
https://gigazine.net/news/20190221-alita-battle-angel-yukito-kishiro-interview/
「当時集英社でも前例がまったくありませんでしたから。きちんとマネジメントをしてくれる代理人契約を電通さんと結んで、ちゃんとした体制でこっちも向かわないといけないという風になりました。」と原作者の木城氏が語っており、そもそも弁護士に直接アクセスしていないことが分かる。加えて、最も問題があると考えるべきなのは、次の部分だ。
「タフな交渉だったので2年ぐらいは色々ともめたんですが、最終的に2000年の暮れごろに僕が契約書にサインして、契約が成立しました。」
「2016年になってプロデューサーのジョン・ランドーが来日して、「『アリータ』を作ることになりました。監督はロバート・ロドリゲスが担当します」と。」
つまり、契約から16年もの間、「銃夢」の映画化は動かなかった。元々、他にも映画化を交渉していた競合プロデューサーが存在したような人気コンテンツで、2年も交渉して締結した契約が、そこから更に16年も塩漬けにされることが許されるような内容だったことになる。
本書では、「海外映画化権の契約では、製作を実現できないプロデューサーの元に映画化権が半永久的にとどまることで知的財産が活用できなくなるのを防ぐために、条項を取り決めることもできます。」として、「権利の復帰条項」(Reversion)が解説されている。にもかかわらず「アリータ」を引き合いに出されると、こういった条項が欠けていた事例に思え、むしろ民間にハリウッドとの契約法務のノウハウが無かったことの証拠に思えてくる。電通経由で、どこの法律事務所が関係したのかは知らないし、実際にどのような契約が締結されたのかは確認しようがないが、確認しようがない失敗のノウハウは、共有されることもない。

そんな状況で、国策として海外へコンテンツを売り込もうというなら、(その国策自体の是非は別にしても、)国がサポートするというのは、そんなにおかしなことだとは思わない。ただし、結果として何の役にも立たないANEWが作られ、投入された税金が雲散霧消したことは、まったく酷い話だと著者に同意する。

自分の経験で言うと、映像制作の現場に法的知識のある人間が必要という観点から、かつて弁護士を目指しロースクールに通った。エンターテインメント・ロイヤーズ・ネットワークの理事などの弁護士から、直接学んだ。しかし、実務家(弁護士)が映像制作現場の状況を理解しているとは思えなかった。それから10年経ち、今なら状況が変わっているのだろうが。

■驚いた話
ANEWの件は長年興味のあった問題であり、著者のSNS等の情報発信をフォローしていた身なので、ほとんどの内容は想定内ではあった。しかし、第4章の「労働搾取を推奨する日本の代表」はぶったまげた。2012年の東京国際映画祭に併設されていたTIFFCOM(テレビ、映画の見本市)にて開催された「日本のインセンティブの未来を考える」というセミナーでのこと。「ジャパン・フィルムコミッションの副理事で、その後2019年10月まで理事長を務めた」人物が、海外の映画製作者に向け、「日本のロケ誘致のインセンティブとなる特典要素」として次のような発言をしていたという。
 ・外国と違い、日本で撮影を行う場合、日本のクルーは週末、深夜、長時間労働に対応が可能
 ・日本のクルーは残業代がかからない
 ・エキストラを無償で用意することができるところもある
著者は、このセミナー以前から、複数の映画産業関係者より、ジャパン・フィルムコミッションがロサンゼルス等海外でのプロモーション事業においても無償残業の提供を吹聴していると聞いていたそうで、それを自分の耳で確認することになり、怒りを覚えたという。この人物は現在、内閣府知的財産戦略本部が組織した映画産業振興のためのタスクフォースや、「ロケ撮影の環境改善に関する官民連絡会議」のメンバーだそうだ。
ぶっちゃければ、確かにそういうこともあるかもしれないが、少なくともそれは悪しき慣行であり、ロケ誘致のインセンティブとして宣伝材料になるような要素ではない。海外の映画製作者が、違法な労働力の提供を魅力に感じると思っている点でアホだし、それを公の場で公言してしまう感覚も理解できない。本書で紹介されている、世界各国がどのようなインセンティブ政策でロケ地やプロダクションの誘致に成功しているかの事例と比較し、驚きを通り越して悲しくなった。

皮肉なことに、「ロケ撮影の環境改善に関する官民連絡会議」が公開している2018年4月の中間取りまとめの報告書には、真逆の記述がある。
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/location_renrakukaigi/pdf/h3004_houkoku.pdf
ロケ撮影を巡る現状認識等について、関係団体・企業の委員から、次のような指摘が出たというのだ。
「制作部のスタッフの多くはフリーだが、昨今人材そのものが減少。制作現場としてもコンプライアンス遵守や、働き方改革を意識していかないといけないが、一方で、その皺寄せがフリーのスタッフに行かないよう業界全体として考えていく必要がある。米国やフランスのようなユニオンのような仕組も含め、映像産業全体として、魅力的・理想的な体制を目指すべき。」
「ロケ現場におけるコンプライアンスの確立と強化が重要。日本の製作現場においてコンプライアンスが確立されれば、すなわちそれが海外作品誘致のアピールにもつながる。」

このコンプライアンスの重要性に関する今更の指摘は、同年3月の第3回会議において出たものだ。同会議には、2012年に労働搾取をインセンティブとして海外にアピールしていた件のジャパン・フィルムコミッション理事長も出席している。自らの過去の問題発言の重大性を自覚してくれたと期待するしかない。

■プロダクションインセンティブとか
著者は2017年、知的財産戦略本部へ「日本におけるプロダクションインセンティブ制度設置についての提言」を提出している。
https://hiromasudanet.wordpress.com/2017/02/19/production_incentive_for_japan/
この内容は、本書とも重なるのだが、この後に設置された「ロケ撮影の環境改善に関する官民連絡会議」では、プロダクションインセンティブについての検討がされた。そして昨年、実証調査事業としての「外国映像作品ロケ誘致プロジェクト」を映像産業振興機構(VIPO)が運営事務局となり、支援対象の募集がされた。
https://www.vipo.or.jp/project/locationuchi/
採択案件2作品については、今年1月に公表された。
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/location/20200110.html
この重大性について、期待する声も業界にはあるようだ。
https://cinefil.tokyo/_ct/17357929
しかし、これについても本書は、具体的根拠を示して厳しい指摘をしている。

ただ、自分が気になった点は別で、VIPOの示していた当該事業の事業期間は「受給資格通知日から2020年1月31日」とされ、事業終了報告書の提出期限も1月31日とされていたのに、「G.I.ジョー: 漆黒のスネークアイズ」の日本での撮影が終わったのは、2月に入ってからのようなのだ。
https://theriver.jp/snake-eyes-wrapped/
大丈夫か?

尚、今年の募集については、新型コロナの影響で受付開始時期が未定だが、事業期間は2021年2月1日までとされており、もう無理だろうと思わざるを得ない。
https://www.vipo.or.jp/project/location-project/

■蛇足
本書の扱うクールジャパン絡みの問題は範囲が広い上に、映画に関しては特に専門的であり、読み物として面白いわけではない。しかし、最近も新型コロナを大義名分として、何故かクールジャパンに巨額の予算が計上される事案も発生しており、これらの動向を継続的に検証するメディアの必要性が増しているように思う。本書のような問題意識は、もっと共有されるべきだと思う。しかし、こういう本がバカ売れするはずもなく、なんとも難しいですね。

写真素材のピクスタ

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