2013年3月アーカイブ

NHKを堀潤アナが退職ということで、にわかに「パブリックアクセス」が注目を集めている気がする。

UCLA留学中に作った、原発事故に関するドキュメンタリー映画が話題となり、
http://www.47news.jp/47topics/e/239167.php
NHK局内で大問題になり、ロスで米国市民が企画した上映会が中止に追い込まれまれたとツイートしたのが11日。
http://twilog.org/8bit_HORIJUN/date-130311/allasc

そして16日のツイートで、
http://twilog.org/8bit_HORIJUN/date-130316/allasc
どうなるのかと注目されていた。

18日に退職の第一報が流れ、
http://twitter.com/tsuda/status/313550924415119360
色々な憶測が語られていた。

16日に「パブリックアクセスの受け皿になれることは公共放送の役割の一つだと信じています。」というのがあっので、辞めた原因はパブリックアクセスについての上層部との見解の相違でもはっきりしてしまったのではないかと、想像していたけれど。

19日のツイートも、パブリックアクセスとの関わりに溢れていて、とても納得した。
http://twilog.org/8bit_HORIJUN/date-130319/allasc

何しろ、1年前のシンポジウムでも、NHKにパブリックアクセスを導入させるのに3年で勝負をかけると語っていた。できなかったら辞めると。ダメだったら別の方法でNHKを動かせばいいとも。

「ポスト311時代のメディアとは~公共的なメディアを取り戻す作戦会議」
http://www.ourplanet-tv.org/?q=node/1348

このシンポジウムの動画は、長いのに非常にぶっちゃけていて面白いので必見だ。パブリックアクセスについても理解が深まる。

どれくらいぶっちゃけているかと言うと、彼の卒論テーマは、「ナチスドイツのプロパガンダと大日本帝国下の日本放送協会」だったとか言い出す。大本営発表していたことを「避けられない事態だった」として、ろくに検証してない放送は、まだ戦後が終わってないという思いがあって、NHKに入って中から変えようとしたと。就職の最終面接で、一所懸命説明して地道にやればNHKも変わると、その思いを理事らに語って、笑われながらも「君は随分性善説だな。巨大な組織に入って苦労するかもしれないけど、その性善説を貫きたいと思うなら一緒に働こう。」と言われたと。
だから、当時の理事らとの契約を最後まで履行させてもらいますよ、嫌なら首を切ってください、というスタンスだと語っている。

つまり、その入局からして、彼はNHKのジレンマそのものだったわけだ。
入局させた理事らは、ある意味偉かった。今のと違って。

そういう思いで入局した人が、本当に辞めてしまったことの意義というのは、決して軽くない。単に、左遷や冷遇に挫けたわけじゃない。

更には、一昨年の夏にも、一度辞表を出したという話も飛び出す。UCLA行きは、辞めないでくれと慰留された交渉の中で出てきた話だと。あっちには、パブリックアクセスのTV局があるのと、SNS等々の最先端があるから、そのノウハウを持って帰ってくれば、自分が電波を開放するのに色々やる根拠が生まれる、と考えての選択だったわけだ。

そういう経緯を理解すればするほど、今回の退職もとてもよく理解できる気がするし、今後に期待できるし、そして何より、自分もいつかパブリックアクセスしてみたいと思えてくる。

そもそも、8bitNewsがパブリックアクセスを実現させるための仕掛けの一つだったということも、今こそ再認識したい。
http://www.asahi.com/digital/mediareport/TKY201208070168.html
http://8bitnews.asia/wp/?page_id=78#at_pco=cfd-1.0

「堀潤アナが語る「ニッポンのメディアのジレンマ」 」
http://www.tokyopressclub.com/2012/06/blog-post_07.html

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