
この資料館は広島の発展と悲劇、復興の歴史を貴重な資料を通して学べる ようになっています。
僕のような東京生まれ東京育ちの人間には、「広島=原爆の被害を受けた街」 としか認識が無かった(と言っては語弊があるかもしれないが、ほとんどそれに 近い状態)のですが、そういった無知な人間にも分かりやすく出来ていました。
左が原爆投下前、右が投下後の街並みの模型ですが、本当に何も無くなって しまった様子が分かります。
原爆で亡くなられた方の生々しい遺品の数々の展示には「この持ち主は どこの誰で、どうして被害を受け、どういう最後を遂げた。」という説明文があり、 被害の単純な数字からは伝わってこない「自分と全く同じ一人一人の生身の 意思のある人間が、無理矢理命を奪われた」という事実を今更ながら 認識させられました。
しかしながら、この後出口で頭に来たことがありました。資料館内の掲示で、
「平和公園内での署名・募金活動は禁止されています。」というものがあって、
こういうことに答えないように、という主旨の警告があったのです。
にもかかわらず、出口の階段の目の前で3・4人で何かの署名を求めている 人達がいて、掲示を見なかったらしい客のおばさんが署名している じゃないですか。しかも、署名を終えたおばさんが立ち去ろうとするのを 引き止めて寄付金を要求し、何も知らないおばさんは2千円くらい 払ってました。
どういう団体なのか知りませんが、こういう原爆で食ってる連中を見てしまい、 非常にムカついたのと同時に、「こういう連中は、どこでも同じだ」と 再認識させられました。
この後原爆ドームやらお決まりのコースを回りました。
原爆ドームとはもっと大きい建物だと思っていたので、実物を見ると 拍子抜けな感じもあったのですが、こういう建物の直ぐ近くに広島市民球場が あって、歓声が聞こえてくるという「平和と戦争の悲惨」が混在している 何とも言えぬ状態に不思議な気持ちにさせられました。
また、資料館で少し気になったのですが、戦後アメリカの調査団が 放射能等を調査に来たそうですが、その結果は今も公開されていない ということでした。つまり、広島は今も高い濃度の放射能が残っていて、 公開すると混乱を起こすような値が出ているのではないか? という疑問です。
原爆の被害を受けた都市が復興するペースにしては、早すぎるのでは ないか?と思うのです。
こういった疑問を持ちながら、ホテルへ帰りました。
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